でんでんの生い立ちと遅咲き役者人生!福岡・二日市での幼少期からサラリーマンを経て『冷たい熱帯魚』の怪優へ登りつめたルーツに迫る

わくわくウキウキなこと
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こんにちは、自由 まなぶです。

わくわくブログに

お越しいただき

ありがとうございます。

今回の記事は、テレビドラマ「アトムの童(こ)」

で、若き天才の開発者(山崎賢人)が

倒産危機の老舗玩具メーカーの

専務として演じている

俳優のでんでんさんです。

幼い頃、福岡県筑紫野市は

福岡県の中西部に筑紫地域に位置し

隣接する市に二日市が有り

藤原道真を祀る太宰府天満宮が有ります。

また、南北に走る国道3号線と

九州自動車道が並行して走る

筑紫野市で生まれました。

福岡に近く、原田(はるだ)と読む

駅が有り、鹿児島本線と筑豊本線が

合流する駅になっている。

筑豊本線は原田から北九州市の若松まで

走っています。

そんな、でんでんさんの

生い立ちや育った場所が

どんな所だったかが

気になったので

記事にまとめていきます。

短時間(約3分)でお読みいただけます。

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でんでんの生い立ち!

福岡県筑紫野市は福岡へ行く

通り道となっています。

生まれた当時は、米軍の飛行機が

板付空港(福岡空港)に隣接した

滑走路からジェット戦闘機が

爆音を立てて、練習をしていた。

 

板付空港は南北に走り

北側の博多湾から方面から着陸して

南に離陸すると丁度、筑紫野市の

真上上空を通過していました。

でんでんさんは少し記憶が

十分ではなかったと思うが

爆音は耳に残っていると思います。

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幼い頃から二日市・福岡・八幡!

父親の仕事の関係で、

筑紫野市から遠賀郡水巻町に

住んでいました。

遠賀川は福岡県の1000m級の

山々の馬見山(嘉麻市)から

流れ彦山川、犬鳴山などの

支流を筑豊地方(炭鉱地帯)の

平野部に流れています。

昭和30年代は炭鉱からの

廃水が黒く汚れていた。

川魚は住める川ではなかった。

でんでんさんは、日本海の

芦屋町まで足を運び、夏は

海水浴を楽しんだでしょう

でんでんさんは当時はテレビも

小学生時代やっと白黒テレビが

始まったばかりで、映画が主流でした。

当時は炭鉱をテーマにした映画が

映画館のスクリーンで放映していました。

 

小学校から中学生に進学して

卓球部に所属しています。

卓球の腕前は大会に出場した

ことは分かっていません。

中学校から高校に進学しています。

高校は福岡県立八幡中央高等学校に

入学しました。

高校時代も卓球部に所属しています。

高校時代は八幡から小倉へ

遊びに出かけていたと思われます。

当時の東映映画は炭鉱の町で

おきる事件は炭鉱の町が舞台です。

主人公は鶴田浩二、高倉健、藤純子、

梅宮辰夫、若山富三郎他の任侠映画でした。

映画は小倉、戸畑、若松、八幡と

舞台は、北九州が使われていました。

万葉の時代から愛され「博多の奥座敷」とも呼ばれる二日市温泉や、菅原道真公を祀る太宰府天満宮をすぐ身近に臨む福岡県筑紫野市。でんでんさんの深みのある人間性を育んだ、古き良き下町の風情と歴史ある名湯を巡る「大人ののんびり温泉旅」に出かけてみませんか?日々の忙しさを忘れさせてくれる極上の癒やしと、美しい情緒が待っています。

でんでんさんは、そんなストーリを

観て、俳優の渥美清に憧れて

八幡の高校を卒業して、上京しました。

渥美清さんの弟子入りを志願しようとしましたが

本人に会うことができなかった。

しかし、北九州に帰らずに遠い親戚を

尋ねて、ツテを頼って丸井の就職試験を受け

就職しました。

勤務地が下北沢、池袋、横須賀と

転勤が続き4年間社員として務めました。

丸井の先輩が劇団ひまわりの募集広告を

見せてくれたのをきっかけに

4年務めた丸井を退社し劇団ひまわりに入団。

しかし、劇団ひまわりは3ヶ月で退団しました。

その後はアルバイトで生活しています。

30歳までには芸能人になる

思いで1979年29歳の時に一念発起し

日本テレビ系バラエティー番組「金曜10時!

噂のチャンネル!!」のオーディションを受けた。

最後まで残ったものの番組が終了。

1980年に日本テレビ系「お笑いスター誕生」が

放送開始した。

上京して中学、高校で卓球部で

腕を磨いた事で、再び卓球を始め

林家こん平さんが発起人の

らくご卓球クラブに参加しています。

趣味で卓球をやったおかげで

東京卓球選手権で卓球愛好者の

芸能人、著名人が出場する

ショービズの部門で3年連続準優勝でした。

そんな、でんでんさんが俳優デビューした

映画は1981年9月公開された「の・ようなもの」

出演した年齢は31歳でした。

俳優後は渥美清さんの本名の苗字を取って

「田所完一」という芸名に変更した。

ところが、撮影現場で名前を呼ばれても

自分だと気が付かず、元のでんでん

4年で変更した。

2011年1月映画「冷たい熱帯魚」で

自分を表現したく表の笑顔を見せて

裏では連続殺人鬼と二面性を演じた。

その映画をはじめ

第35回日本アカデミー賞・最優秀助演男優賞

第36回報知映画賞・最優秀助演男優賞

第66回毎日映画コンクール・最優秀助演男優賞

次々と7つの助演男優賞を受賞しています。

当時は還暦を過ぎた61歳だった。

でんでんのプロフィール

  • 本名:緒方 義博(おがた よしひろ)
  • 別名義:田所 完一(たどころ かんいち)
  • 生年月日:1950年1月23日
  • 出生地:福岡県筑紫野市
  • 身長:174cm
  • 体重:66.6kg(標準体重です。)
  • 血液型:A型
  • 星座:水瓶座
  • 学歴:嘉穂郡水巻町には小学校5校の中卒
    嘉穂郡水巻町立中学校・南中学校の2校の中卒
    福岡県立八幡中央高等学校卒業
  • 趣味:絵を描く(似顔絵)
  • 特技:サッカー・水泳・卓球
  • 職業:俳優、元お笑い芸人
  • ジャンル:舞台・テレビドラマ・映画
  • 活動期間:1980年-
  • 活動内容:お笑いスター誕生
  • 事務所:アルファェージェンシー
  • 配偶者:あり

実家の家族

  • 父親:本人
  • 母親:一般の方です。
  • 長女:一般の方です.

でんでんの生い立ちと遅咲き役者人生!福岡・二日市での幼少期からサラリーマンを経て『冷たい熱帯魚』の怪優へ登りつめたルーツに迫るまとめ

福岡県筑紫野市で生まれ

幼い頃は遠賀郡水巻町と北九州に近く

北九州の八幡は鉄の町として

栄えて居たこんな町で、

幼いでんでんさんは東映の映画

時代劇、日活の渡り鳥シリーズ、小林旭、田中邦衛

若大将シリーズ加山雄三と映画の時代を

過してきたでんでんさんはこれからも

男優として自分に合った

役柄を私に見せて欲しい

既に、70歳を過ぎて後期高齢者に

近づいています。

これからも、体に気を付けて

健康でさらなるご活躍される

ことを期待し応援して行きます。

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数々の職を転々としながら30代で役者の世界へ飛び込み、いまや日本映画界に絶対的な足跡を残す名怪優となったでんでんさん。映画スクリーンを彩る彼の味わい深い演技や数々の受賞作をおうちでゆったりと鑑賞しながら、彼の生まれ故郷である福岡・博多の「本場のもつ鍋」や「絶品明太子」を肴に、贅沢な晩酌の時間を過ごしてみるのも大人ならではの粋な楽しみ方です。

今日もわくわくウキウキブログを

最後まで読んでいただき有難うございました。

 

OTE

2025年がスタートしました。
新しい年に向けて、山と海と小川がそこにある場所に
私は住むようにして3年になります。
仕事、それはゆるく楽に、鳥の声で朝起きして
自然豊かな暮らしを続けます。

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