
こんにちは、自由 まなぶです。
わくわくブログに
お越しいただき
ありがとうございます。
今回の記事は、後期高齢者で俳優、朗読、CMに
引っ張りだこの橋爪功さんを
取り上げてみました。
テレビドラマで死んだはずの父親と
暮らす事になった花火師(高橋一生さん)の

日常を描く、新感覚のホームドラマ
「6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の憂鬱」
テレ朝の夜毎週土曜日11時30分から午前0時まで
放送されています。
若い頃から色々の役を見せる俳優の
橋爪功さんです。
そんな橋爪功さんの
生い立ちや育った場所が
どんな所だったかが
気になったので
記事にまとめていきます。
短時間(約3分)でお読みいただけます。
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橋爪功の生い立ち!
大阪は東住吉区で三人兄弟の末っ子として
父親には本妻がいて、橋爪さんの母親は愛人関係でした。
本妻さんには子供が授からない人だったので
橋爪さんのお姉さんを本宅の養子に出しました。
幼い頃はどんな所で育ったの!

東住吉区は大阪市の24行政区の中に有り
南東部に位置します。自慢なのは坂が無い事です。
橋爪功さんは小学校に入学する前から
演劇活動をしていた11歳年上のお兄さんに
駆り出され子役として舞台に上がった経験の持ち主です。
その間は、お兄さんと一緒に本宅に頻繁に遊びに通っていた。
また、娯楽といえば映画や歌舞伎が主流でしたから
よく連れて行ってくれた。

当時の映画館は1週間に一本の割合で
映画が作られていた。
今では信じられないほどの映画ブームだったんですね。
また、東住吉区には映画館が4つもあり
夜8時以降は値段も安くなり、梯子をして
映画を年間2~300本程映画を見ていた。
映画を見ては、自分が主人公になったつもりで
映画館を後にしては満足していた。
将来は自分が役者になるなんて夢にも
思っていなかった。

小学校に入学し明るい性格の持ち主で
目立ちたがり屋で、生徒会長に立候補していた。
小学校を卒業して中学校へは隣りの平野区の
中学校を一般受験して合格して入学しました。
中学時代のクラブは野球部に在籍して
部活動に打ち込んでいました。
また、生徒会長を務めていましたが真面目な
生徒ではなかった。
中学2年生の時に父親はガンで亡くなった。
中学時代に出会った友人がフランスの小説家の
サルトルカミュの作品を読んでいた事から
橋爪功さんも興味を示し影響を受け文学作品を読んでいた。
文学少年だった中学時代を経て、演劇の世界で独自の言葉の深みを磨き上げていった橋爪さん。彼がこれまでに紡いできた奥深い表現力や、大人の人生の機微を描いた名作の原作本は、読書好きのミドル・シニア世代から今とても静かなブームを呼んでいます。秋夜や休日のゆったりとした時間に、彼の世界観に繋がる一冊を手に取ってみませんか?
中学校の卒業生に中島芽生(アナウンサー)がいます。

中学校を卒業して高校は府立の伝統校で
共学校を一般受験しました。
結果、見事合格しています。
学校は大阪府内でもトップレベルの進学校です。
この格好の卒業生に岡田武史(元サッカー日本代表監督)

山口沙紀(グラビアアイドル)

橋爪功さんは高校1年の2学期に東京に転居しています。
父親が亡くなった後、父親が残してくれた財産のお金で
東京に家を建てた事で母親と一緒に転居しました。
高校は都立の高等学校に転校しました。
都立の学校は1940年に開校した古くからの進学校です。
転校してきた学校の在学中にザ・ドリフターズの
仲本工事さんが同級生でした。

音楽の授業をサボってよく校庭でキャッチボールをしていた。
演劇部室の真っ暗な怪しい雰囲気の場所でタバコを吸って不純異性交遊をした。
女性と話すのが苦手だった。
橋爪功さんは幼い頃から演劇をやっていた事で
高校生になってからも演劇に興味を持ち
演劇部に在籍して部長を務めていました。
その演劇に入部した切っ掛けは
たまたま、学園祭で演劇部の舞台を観て
「面白そうだな」と直感で決めた。
橋爪功さんはお芝居をすることは意外と性に有っている。
良い先輩たちに恵まれて、気分よく部活動が
出来たことが良かった。
この頃は、俳優になる事自体思いつかなかった。
友人と一緒に自転車で東北一周旅行を計画し挑戦したが
仙台で挫折して電車で帰ってきた。
宿泊は、野宿みたいなものでお寺、幼稚園、小学校
大学の柔道部の部屋は汗臭い独特なにおいでよく眠れなかった。
高校時代のアルバイトはボウリング場でアルバイト(裏方でピンのセット)をしていた。
【この高校の卒業生には】
石田純一(俳優)

KONTA(ミュージシャン・BARBEE BOYS)
滝沢クリステル(アナウンサー)

大島璃音(アナウンサー)

草刈正雄(俳優・定時制課程)

石田ゆり子(女優・定時制課程)

橋爪功さんは高校を卒業して大学へは
進学を考えていました。
国立大学を受験できる成績ではなかったために
諦め、また、私立大学は金銭的には進学は厳しかった。
そのために20歳の時に遊びほうけていたために
行くところが無かったために文学座の研究生とし
応募したのです。

草野球が上手く、ポジションはピッチャー
文学座の座員に採用されたのは野球好きだったから?
23歳だった1963年に劇団雲に加入しました。
最初は舞台を中心に活動して下積み時代が長く
1974年の33歳の時に出演した「スカパンの悪だくみ」で
注目されたのです。その演技力が演劇界の人気俳優になった。
その後テレビドラマや映画なども出演して
数多くの作品に抜擢されています。
しかし、現場では脇の方が色々遊べるので
脇役を演じる方が好きだ。
現場で演出家の意向を聞いて相手役に合せて
柔軟に役作りをしている。
橋爪功のプロフィール

- 本名:橋爪 功(はしづめ いさお)
- 生年月日:1941年9月17日
- 出身地:大阪府大阪市東住吉区
- 身長:168cm
- 体重:66kg
- 血液型:O型
- 星座:乙女座
- 学歴:大阪市立東田辺小学校卒
:大阪教育大学附属平野中学校卒
:大阪府立天王寺高等学校→東京都立青山高等学校卒業 - 職業:俳優
- 活動時期:1962年-
- 趣味:野菜作り・草野球
- 活動内容:俳優
- 著名な家族:橋爪遼(息子)
- 所属劇団:文学座
:劇団雲(63年-)
:演劇集団 円(75年-) - 事務所:円企画
実家の家族
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家族
- 夫:本人には3人の子供がいます。
- 妻:元宝塚の女優1979年離婚
:子供 - 妻:20歳年下(沖縄出身)
- 長男:橋爪遼さん(息子)1986年11月2017年覚醒剤取締り法違反で芸能活動はしていない。
- 長女:橋爪渓さん(娘)1989年5月シンガー活動
橋爪功の生い立ちが深い!大阪東住吉での幼少期から演劇界の重鎮へ…人々を魅了し続ける名優の逆転人生と家族の物語まとめ

大阪市東住吉区の生まれで、父親が本妻とは別に
愛人の橋爪さんとの間に、次男として誕生した。
父親の本妻さんには子供ができず、愛人の子供達を
自分の子供として、育て上げた母親は頑張りました。
その少年も小中高校とグレもせずに、
母親の教育のもとで育ってきました。
その橋爪功さんも後期高齢者の仲間入りです。
まだまだ、ファンも多く人柄も、俳優として
役ずくりにピッタリの俳優橋爪功さん
これからも、体に十分気を付けて
健康でさらなるご活躍される
ことを期待し応援して行きます。
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独特な人情味と、どこか飄々とした大人の魅力を醸し出す橋爪功さん。彼を育んだ大阪の下町情緒や、数々のドラマで長く関わってきた関西の歴史ある街並みは、ゆったりと羽を伸ばす大人旅に最高のロケーションです。たまには日常を離れ、美味しい地元の名物を味わいながらこだわりの宿で贅沢な休日を過ごしてみるのも素敵ですね。
今日もわくわくウキウキブログを
最後まで読んでいただき有難うございました。

