第9話 「お父さんって、旅先だと楽しそうだね」娘に言われて気づいた、自分の中の少年心。

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思えばこの旅、ずっと前のめりだった

振り返ってみれば——確かに、そうだったかもしれない。

朝、誰よりも早く目が覚めた。宿の窓から外を眺めて、今日はどんな景色が待っているだろうと胸が高鳴った。朝食のお膳が運ばれてくれば、見たことのない料理に目を輝かせた。

あの絶景の海を前にして、声も出ずに涙が出た。城下町の石畳を歩きながら、娘と昔話に花を咲かせた。土産物屋の店先で、妻でも娘でもなく、自分のために小さな置物をひとつ買った。

「欲しい」と思ったら、素直に欲しいと思えた。

日常では、そんなことはない。

家にいるとき、私はいつも少し遠慮している。もう歳だから、今さら新しいことを始めても、後期高齢者が出しゃばっても——そんな言葉が、無意識のうちに自分にブレーキをかけている。

でも旅先では、そのブレーキが外れていた。


少年の頃、旅が好きだった理由を思い出した

子どもの頃、私は地図を眺めるのが好きだった。

見たこともない地名に指を当てて、ここにはどんな景色があるだろう、どんな人が住んでいるだろうと、ひとりで想像を膨らませていた。

お金も自由もなかったあの頃、旅は「いつか行く場所」の集まりだった。地図の中にしか存在しない、夢の地平線だった。

それが——いつからだろう。

「いつか」が「もういい」に変わっていったのは。

仕事が忙しくなった頃か。子どもが生まれた頃か。それとも気づかないうちに、少しずつ少しずつ、少年の心に蓋をしていったのか。

でも、蓋をしていただけで——消えてはいなかった。

旅先に来たら、あの頃の自分がまだ、ちゃんとそこにいた。


娘の言葉が、鏡になった

「子どもみたい」という娘の言葉は、批判でも苦笑いでもなかった。

それは——鏡だった。

後期高齢者になった父親の中に、まだ少年がいることを、娘の目がちゃんと映し出してくれていたのだ。

私は廊下の窓の外に視線を戻した。

庭園の池に、月が映っていた。

風が吹くたびに、月の形が揺れた。壊れそうで、でも消えなかった。

ああ、これだと思った。

歳を取るということは、少年心が消えていくことではない。ただ、揺れているだけだ。日常という風が吹くたびに形が変わって、見えにくくなるだけで——水の底には、ずっと月がある。


旅が教えてくれたこと

この旅で、私はいくつのことを「初めて」経験しただろう。

人生で初めて見た絶景に涙した。娘と二人きりで城下町を歩いた。旅館の朝、誰より早く目が覚めて、縁側でひとり朝の空気を吸った。土産物屋で、値段も見ずに「これが好き」と思ったものを買った。

どれも、日常ではなかなかできないことだった。

旅とは、日常に押し込められた自分を、一時だけ解放してくれる場所なのかもしれない。

後期高齢者になっても、少年心は生きている。ただ、普段は出番がないだけだ。旅先という非日常の舞台に立ったとき——その少年は、静かに目を覚ます。


廊下で、娘に初めて言えた言葉

しばらく黙って庭を眺めていた私は、娘に向き直って言った。

「旅に連れてきてくれてありがとう」

照れくさくて、普段なら絶対に言えない言葉だ。でもなぜか、その夜の廊下では、すんなりと口から出た。

娘は少し驚いたような顔をして——それから、柔らかく笑った。

「来年も行こうね」

「ああ、行こう」

たった四文字の返事が、こんなに嬉しいとは思わなかった。

後期高齢者の胸の中で、少年がひとつ、大きく頷いた気がした。


夜の庭園に、虫の声がしていた。

池の月は、まだ静かに揺れていた。

消えることなく、ずっとそこにあった。


次回・最終話・第10話「娘よ、ありがとう。来年もまた、笑いながら旅に出よう。後期高齢者・父からの手紙。」につづく……🌙


📝 読者の皆さんへ

「もう歳だから」「今さら楽しんでも」——そう思って、自分の中の少年心に蓋をしていませんか? その心は、消えてなどいません。 ただ、出番を待っているだけです。 どこか遠くへ行かなくてもいい。大切な人と、いつもと違う場所に一歩踏み出すだけで——きっと、あの頃の自分に会えます。🌙✨