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渡辺徹の家族や生い立ちは?夫婦ゲンカの原因は赤色ウインナーだった!

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こんにちは、自由まなぶです。

「わくわくウキウキブログ」

にお越しいただきありがとうございます。

渡辺徹の奥さん榊原郁恵さんがテレビでホットケーキ店で

渡辺徹ウインナーが大好き事件をウインナーコーヒーを

飲みつつ、厚焼きホットケーキを食べながら語っていました。

そのウインナーの話が気になって調べようと思いました。

調べているうちに色々な事が

出てきたので記事にまとめてみました。

地元古河市のパン屋さんの昭月堂製パンのコロッケパン

一緒に昔はウインナーパンが売られていたのでは?

今も人気なのはコロッケパンです、実家へ帰った時は

必ず、1っ個以上は食べていると番組で話してました。

渡辺徹さん、若い時はスリムで、坊ちゃん観たいな

芸能人で、偶然にも国際電電KDDIの中に有った

エレベーターの中で乗り込んできた丁寧に

お辞儀をして隅の方に立っていました。

友人の勤める新宿で若い頃の渡辺徹さんに会っていました。

歌手としても活躍していたので、

今で言う、デモレコードをエフエム東京の

デスクに置いて帰る時に偶然、

有ったのでしょう。

曲が思い出せません。

渡辺徹のプロフィール

  • 本名:渡辺徹(わたなべ とおる)
  • 生年月日:1961年5月12日
  • 年齢:60歳
  • 出身地:栃木県小山生まれ茨城県古河市育ち
  • 身長:180cm
  • 体重:ピーク時130kg現在は81kg
  • 血液型:A型
  • 星座:おうし座
  • 学歴:茨城県古河市立古河第一小学校卒
       茨城県古河市立古賀第一中学校卒業
       
  • 茨城県立古賀第三高等学校卒業
  • 趣味:読書・音楽鑑賞・映画鑑賞・パソコン・ゲーム
       野球観戦・カラオケ・サッカー
  • 特技:将棋(アマ二段)・書道二段
  • 職業:俳優・歌手・タレント・司会者
  • ジャンル:テレビドラマ・映画・舞台
  • 活動時期:1981年-
  • 活動内容:1981年-(文学座研究生・座員として)
  • 配偶者:榊原郁恵(1987年-)
  • 著名な家族:渡辺雄太(長男)
  • 所属劇団:文学座
  • 事務所:文学座映画放送部

渡辺徹の実家は

  • 父親:渡辺徹也はアコーディオンの流し
  • 母親:渡辺美江子(古河の食堂の跡取り娘だった母18歳)と駆け落ち結婚
       2015年肺炎のため亡くなった古河市で葬儀
  • 本人:徹(一人っ子)

渡辺徹の幼い頃の生い立ちは

渡辺家は徹也さんと美江子さんとの間に

一人息子として生まれました。

赤ちゃんの時に近所の人に連れ去られ

3日間誘拐されたそうです。

父親は古河では親分肌で怒ると特別に怖い人になっていた。

渡辺家の家庭は裕福ではなかった。

幼いころからガキ大将でしょっちゅうケンカしていた。

いつでもケンカが出来るようにポケットに常に石ころを持っていた。

今では見かけなくなった、バキュームカーが好きで、作業を手伝っていた。

小さい頃から肥満児だったのですが、裕福でない渡辺家の一人息子には

食事の与え方が、他より違っていたのでしょう。

ハムカツお茶漬けが大好きだったそうです。

ご飯を流し込むようにして、噛まずに食べていたら

あだ名は「渡辺フトル」と呼ばれていたそうです。

ちょっと横道をそれると、そこにはパン屋さんが有りました。

そのパン屋さんは昭月堂製パンのコロッケパンが

有名で、徹少年は、お店まで来ると、1個と言わず

2個3個買っては肥満児になって行ったのです。

食欲旺盛のほかには、勉強はクラスでトップの成績をおさめていた。

また、音楽クラブではトランペットを吹いていた。

小学校時代にテレビで観ていた「太陽にほえろ」を近くの河原で

近所の子供たちと一緒に遊んでいた。

将来の夢は特殊車両の運転手になることだそうです。

バキュームカーの印象が強かったのでしょうかね?

小学校高学年ではサッカー少年団に入部して5年6年の時に

全国大会2連覇し日本選抜メンバーに選ばれ海外遠征しますが

6年生の時に膝を故障してしまい退部しました。

古河の中学校は全校生徒1500人のマンモス校で、

特殊車両の運転手を諦め将来は

弁護士になりたいと思っていたそうです。

クラブ活動は吹奏楽部で、バリトンサックスの担当、

小学生の時はトランペットでしたが、TBSの番組

「子供音楽コンクール」に出演しています。

中学時代の運動はサッカー部に所属していました。

膝の怪我も克服して、練習に励んだみたいです。

小学校、中学校、高校で生徒会長を務めていた。

それだけ、人気があったのかどうかは分りませんが

成績もよく、先生からも信頼されていたのでしょう。

高校生時代にバンドを組んでイベント「一県高校生の集い」を

企画したのも委員長になった渡辺徹が務めたそうです。

古河市のアマチュア劇団にも所属して、

老人ホームに慰問して舞台演技を披露したそうです。

球技大会で再び膝を怪我して手術して入院した事もあった。

夢は膨らみ高校時代に将来は弁護士になると話していたそうです。

夫婦ゲンカの原因は赤いウインナーだった!

子供の頃から、良く食べていたみたいで

学校帰りには好物の昭月堂製パンのコロッケパンを口に含み

当時あったと思われる、ウインナーソーセージ(赤色)入りの

コッペパンを食べていたので、ウインナーソーセージと言えば

赤い色が付いた長さ8cm程の太さ2cm程の

ウインナーソーセージが何個か入ったパンを

食べていたと思います。

好物はマヨネーズはご飯、刺身に掛けて食べる。

とにかく大食いでリストアップするときりがない。

それだけ、小さい頃から良く食べていたことがわかります。

その中でも、こだわっていたのが赤色のウインナーソーセージだったんです。

奥さんの榊原郁恵さんとケンカになったのが赤色ウインナーソーセージじゃない!

家出するほど、好物のウインナーソーセージに目が無かったのです。

郁恵さんはウインナーソーセージを口の中で食べるときにバキッと

音が出るウインナーが好きだから出していた。赤ではなかった。

オシドリ夫婦とまで言われていた。

渡辺徹が好物でケンカしたのはこれが最初で最後だったのです。

そのことを、フジテレビ「なりゆき街道旅」の番組で

突然、榊原郁恵さんが、ウインナーソーセージの事件を告白した。

渡辺徹は口喧嘩をして自宅のブランコにずーと乗っていたそうです。

渡辺徹は冷静になって、赤色ウインナーソーセージのことで

発言した事を反省してパリッとしたウインナーを食べたそうです。

赤色ウインナーソーセージで出ていくとは、思わなかったと

当時の事を思い出して、フワフワのホットケーキを食べながら

話してくれました。

渡辺徹の家族や生い立ちは?夫婦ゲンカの原因は赤いウインナーだった!のまとめ

渡辺徹は幼いころからケンカ好きで

ポケットの中には常に小石が入っていて持っていた

ケンカの時に使うつもりでいたそうです。

少年野球をやっていたのでコントロールは
どうだったかわかりませんが?

実家と学校の通学路に昭月堂製パンの

有名コロッケパンの販売店が有ってそこで

コロッケパンと赤色のウインナーソーセージが入った

コッペパンを食べていたのではないかと推測します。

今は、コッペパンの中に卵とマヨネーズがサンドになった

物が有りますが、赤色ウインナーソーセージパンは

見当たりません。

お客さんは、今でもひっきりなしにコロッケパンと求めに

県境の栃木野木町、埼玉県加須市の方、群馬県館林の方が

遠くからコロッケパンを求めて来客しています。

わたしも、立ち寄ってコロッケパンを買って持ち帰っています。

今日もわくわくウキウキブログを

最後まで読んでいただき有難うございました。

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