懐かしの人気者

今陽子の生い立ち!幼い頃は両親と一緒に名古屋市内へ!家族は!

こんにちは、自由 まなぶです。

わくわくブログに

お越しいただき

ありがとうございます。

今回の記事は、15歳でビクターレコードから

ソロ歌手として今陽子がデビューしました。

全く売れなかった。

レコード会社を移籍して

ピンキーとキラーズを結成し

デビューシングル曲「恋の季節」が

大ヒットしました。

あれから53年前の話です。

当時としては珍しく

山高帽子をかぶって

ステージで歌う姿はまるで

宝塚のステージを思い出しました。

聞くところによると

以前、狭心症で心臓の

カテーテル治療を受けた。

翌日の朝には、退院し復帰に

時間がかかると思っていたら

次のライブ会場へいきました。

高齢者の今陽子さん

ライブ決意を医師に話した

医師は心電図を見ながら

苦笑いして「大丈夫」と言った。

ライブ会場でプロとして

精一杯歌った後は体が

全く動くことができなかった。

そんな、今陽子さんの

生い立ちや育った場所が

どんな所だったかが

気になったので

記事にまとめていきます。

短時間(約3分)でお読みいただけます。

今陽子の生い立ち!

愛知県知多半島はカニの

格好をした形でハサミの

付け根の格好をしている。

今陽子さんは名古屋市内から

名鉄で約40分ほどの横須賀町(東海市)で

誕生しました。

両親とも音楽好きで今陽子さんは

その環境の中で特に洋楽に

ハマって行きました。

父親はギターやハーモニカが

得意で若い頃はバンドを組んでいました。

今陽子さんが聴いていた洋楽は

バーブラ・ストライサンド、ライザ・ミネル、

ベッド・ミドラー等、多くの曲を

聴いていました。

母親は歌手を目指して

のど自慢コンサートに出場し

見事優勝した事が有りました。

歌手を夢みていた母親は

子供にも歌手になる夢を

持たせていたのです。

父親は広告の仕事をしながら

日本の有名歌手が名古屋に来た際

コンサートの司会を時々行っていた。

今陽子さんは幼い頃の習い事は

当然、ピアノ・バレエでした。

当時の若者は女性としての

習い事だったのです。

両親との外食も名古屋市内の

栄町の繁華街で、食事は

コメダ珈琲のモーニング、

きし麺、ソースかつ丼、手羽先

味噌煮込みうどん、ひつまぶしは

味噌おでん、と言った食べ物を

小学生の時、食べた事で

身長の伸び、女の子としては

伸び盛りの子供であった。

中学校は横須賀町から名鉄で

私立校へ通学したと思われます。

私立の学校はお嬢様学校として

知られていました。

中学校1年生の時に、宝塚歌劇団に

憧れて「男役をやりたい」と思った。

中学2年生から芸能活動を始め

名古屋のコンサート会場で

いしだあゆみのマネージャーから

いしだあゆみの所属するいずみたく事務所に

所属が決まったのです。

中学3年生になって上京し精華学園中学校に

転校しました。

精華学園は中高一貫校で新宿に有ります。

当時は背の高い女性歌手は売れない」と

いうジンクスが有ったなか、1966年に

長身の山本リンダが「こまっちゃうナ」で

ぶりっこ風アイドル路線がはじまった。

今陽子さんのトレードマークのショートカットが

良く似合う美形とスタイルとタンパロンスタイルで

ピンキーとキラーズの曲「恋の季節」を

歌ったのです。

ヒットした事で、仕事が忙しく

精華学園高等学校を中退しました。

名古屋の中学校の時、

イングリッシュ・スピーチ・

コンテストで優勝経験が有った。

英語を勉強するため単独で

ニューヨークへ留学しています。

今陽子のプロフィール

  • 本名:今津陽子(いまづ ようこ)
  • 別名:ピンキー
  • 生年月日:1951年11月1日
  • 出生地:愛知県横須賀町 (現・東海市)
  • 身長:168cm
  • 体重:62.1kg(標準体重参考値)
  • 血液型:A型
  • 星座:さそり座
  • 学歴:愛知県東海市立横須賀小学校卒(記載がなく住所地域から判断))
       私立金城学院中学校入学1年後転校
       京都私立精華学園中学校卒
       私立金城学院高等学校卒
  • 趣味:演劇鑑賞・ニューヨーク旅行
  • 特技:パーカッション・ダンス・日舞(板東流)、ものまね、カラオケ
  • 職業:歌手・女優・アーティスト
  • 担当楽器:歌
  • ジャンル:ポップス
  • 活動期間:1967年-
  • 配偶者:松川達也と1974年結婚. 4年後離婚されている。
  • 事務所:ホリプロ経由パオ

実家家族

  • 父親:今津次郎さん(漫画家やPOP広告コンサルタント業)(2009年死去)
  • 母親:一般の方です。民謡・歌手を目指していたそうです。
  • 長女:本人

今陽子の生い立ち!幼い頃は両親と一緒に名古屋市内へ!家族は!まとめ

愛知県知多郡横須賀町は

名古屋市の南側に位置します。

伊勢湾の出入り口の港町でもあります。

その横須賀町という地名で

音楽好きな両親のもとで

今陽子さんは産声を上げました。

名古屋は工業地帯でもあり

伊勢湾には名古屋空港も2005年に

開港しました。

当時はまだまだ、鉄の音が響き

車社会にはほど遠い愛知県でしたが

1975年頃から車社会が流行しました。

お陰で、愛知県豊田市、刈谷市、知立市

隣接する場所に自動車部品工場が

次々と建てられ、栄えるようになりました。

名古屋は大阪に次ぐ第3の都市に生まれ

変わりました。

そんな場所で、歌が大好きな女の子が

名古屋から旅立って、今陽子さんは

17歳の時にピンキーとキラーズという

グループで一躍、有名になりました。

しかし、今は母親の面倒を見なくてはならない

高齢者になって介護をしなくては

ならない時代に、若い頃は

今が未来なのかもしれませんね。

高齢者になってからは自分の身は

自分でもわかっています。

仕事は日々忙しいと思いますが

たまには楽をするのも考えて下さい。

これからも健康でご活躍される

事を期待しています。

今日もわくわくウキウキブログを

最後まで読んでいただき有難うございました。