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体の変化を、正直に書く
77歳の体のことを、正直に書こうと思う。
美化するつもりはない。
かっこいい話にするつもりもない。
ただ——今の体の現実を、ありのままに記録しておきたい。
朝、起き上がるのに時間がかかる。
目は覚める。意識は戻る。でも——体が「まだ待て」と言う。布団の中で、腰を動かして、膝を曲げて、ゆっくりと起き上がる準備をしなければならない。
若い頃は、目覚めた瞬間に飛び起きることができた。今は——起き上がるだけで、小さな儀式が必要になった。
膝が、痛い日がある。
特に、雨が降る前。天気予報より先に、膝が教えてくれる。「明日は雨だ」と膝が言う。長年連れ添った体の声を、聞けるようになったとも言えるが——正直なところ、痛いものは痛い。
老眼が、進んだ。
老眼鏡なしには、新聞が読めない。スマートフォンの文字が見えない。妻に手紙を書くときも、老眼鏡をかけてから書く。
「老眼鏡はどこだ」という言葉が、日常語になった。
大体の場合、老眼鏡は頭の上にある。
物忘れが、増えた。
昨日の夕食に何を食べたか、すぐに思い出せないことがある。人の名前が、すぐに出てこないことがある。「あれ、なんだったっけ」と言いかけて、思い出せないまま別の話題に移ることがある。
それが——正直な、77歳の体の現実だ。
「老いる」ことへの、最初の抵抗
告白しよう。
最初、老いることに——抵抗していた。
老眼鏡をかけることを、長い間嫌がった。「まだ見える」と言い張って、新聞を腕を伸ばして読んでいた。妻に「みっともない」と言われるまで、認めなかった。
膝が痛いのを、隠していた時期があった。
娘との旅行で、石畳を歩いたとき——実は、膝がかなり痛かった。でも言わなかった。「大丈夫だ」と言い続けた。娘には心配をかけたくなかった。それ以上に——老いを認めたくなかった。
「まだ大丈夫」という言葉は——半分は本当で、半分は老いへの抵抗だった。
なぜ抵抗するのか。
考えてみると——老いることが「終わりに近づくこと」のように感じていたからだと思う。
体が衰えることは、命が減ることのような気がしていた。
できないことが増えることは、自分が小さくなっていくような気がしていた。
でも——それは、間違いだった。
ある朝、老いと「和解」した
転機になったのは——ある朝のことだ。
縁側に出て、お茶を飲んでいた。
膝が、その日も少し痛かった。
庭の木を眺めながら——ふと思った。
この木は、毎年少しずつ大きくなっている。 幹が太くなって、枝が増えて、根が深くなっていく。 それを「老いた」とは言わない。 「育った」と言う。
人間も、同じではないだろうか。
体が変わっていくことは——長く生きてきた証だ。
膝が痛いのは、それだけ長く歩いてきたからだ。
目が霞むのは、それだけ多くのものを見てきたからだ。
物忘れが増えるのは——それだけ多くのことを、頭に詰め込んできたからかもしれない。
老いとは、終わりではなく——長く生きてきた体が、正直に語り始めることなのだと気づいた。
その朝——お茶を一口飲んで、膝に手を当てた。
「長い間、ご苦労さまだった」と、思った。
体に、初めて感謝した。
老いることで、見えてきたもの
不思議なことがある。
体が衰えていくにつれて——見えてくるものが、増えてきた気がする。
若い頃は、速く歩いていた。目的地に向かって、ただ前を向いて、速く歩いていた。
今は、ゆっくり歩く。
ゆっくり歩くから——見えるものがある。
道端の花。朝の光の角度。近所の家の庭に咲いた、名前も知らない小さな花。猫が塀の上で丸くなっている、のんびりした午後——。
若い頃は、全部通り過ぎていた。
今は——立ち止まって、眺めることができる。
体がゆっくりになったから——世界がゆっくり見えるようになった。
それは、失ったのではなく——得たものだと思う。
耳も、同じだ。
若い頃は、騒がしい場所が好きだった。賑やかなところに集まって、大きな声で話して——それが楽しかった。
今は——静かな場所が好きだ。
縁側で鳥の声を聞く。風が木の葉を揺らす音を聞く。妻が台所で立てる、小さな生活の音を聞く。
静かになったから——聞こえる音がある。
若い頃は聞こえなかった音が、今は胸に届く。
老いることで、感覚が鋭くなる部分がある——そのことを、誰も教えてくれなかった。
「できなくなったこと」より「できることの豊かさ」
正直に言えば——できなくなったことは、増えた。
長時間の運転が、しんどくなった。重いものを持つのが、以前より辛い。徹夜など、もはや考えられない。山道を軽快に歩く体力は、もうない。
でも——
できることの「質」が、変わった気がする。
料理が、丁寧になった。
以前は食事を「燃料補給」くらいにしか思っていなかった。でも今は——食材の色を眺めて、香りを嗅いで、一口ずつ味わうことができる。妻が作った味噌汁の、微妙な塩加減に気づくことができる。
「食べる」という行為が、こんなに豊かだとは、若い頃は知らなかった。
会話が、深くなった。
若い頃の私は、会話の中で自分が話すことばかり考えていた。相手の話を聞きながら、次に何を言おうか、もう考えていた。
今は——聞けるようになった。
相手の言葉を、最後まで聞ける。言葉の裏にある気持ちを、感じ取れることが増えた。
老いることで、人の話がちゃんと聞けるようになった。
これは——若い頃には持っていなかった、大切な力だと思う。
体と心が、正直に向き合った日
ある日——一人で、体と対話してみた。
おかしな話だが、真剣に。
膝に向かって、「長い間ありがとう」と言った。
目に向かって、「たくさんのものを見せてくれてありがとう」と言った。
手に向かって、「子どもたちを抱いて、妻の手を握って、釣り竿を持って——ありがとう」と言った。
足に向かって、「故郷の川を走って、社会人になって、仕事場を歩き回って、城下町の石畳を娘と歩いて——ありがとう」と言った。
声に出して言ったら——なぜか、涙が出た。
77年間、一度も休まずに動き続けてくれた体。
痛みを訴えながらも、まだ動いてくれている体。
縁側に連れ出してくれて、お茶を美味しいと感じさせてくれて、妻の横顔を美しいと思わせてくれる体。
この体がなければ、何も感じられなかった。
何も経験できなかった。
誰とも出会えなかった。
老いていく体は——弱くなっているのではなく、77年分の重さを背負っているのだと——そう思えた瞬間、老いることへの抵抗が、すっと消えた。
77歳の体から、自分への手紙
机に向かって——今の体の状態を、そのまま手紙にしてみた。
77歳の体から、77歳の心への手紙だ。
心よ。
体の方から、少し話がある。
最近、階段で息が切れるだろう。 膝が痛い日もあるだろう。 老眼鏡なしには、手紙も読めなくなっただろう。
それを——申し訳なく思っていた時期がある。 「もっとうまくやれたのに」と思っていた時期がある。
でも今日は——誇りを持って言わせてほしい。
私はよく頑張った。
77年間、一度も止まらなかった。 病気のときも、疲れ果てたときも、 悲しみで動けなくなりそうなときも—— 止まらなかった。
故郷の川を走った。 満員電車に揺られ続けた。 子どもを抱き上げた。 親の手を握った。 釣り竿を振り続けた。 娘と石畳を歩いた。 妻の手を、何千回と握った。
これだけのことを、私はやり続けた。
だから——少しくらい、ゆっくりさせてくれ。 階段で息が切れても、笑ってくれ。 膝が痛くても、感謝してくれ。 老眼鏡を頭の上に忘れても、笑い飛ばしてくれ。
代わりに私は——約束する。
まだ動き続ける。 来年の旅行にも、お前を連れて行く。 娘と笑える場所へ、お前を運ぶ。 妻の隣に、お前を立たせ続ける。 縁側でお茶を飲む朝を、まだ何千回も作る。
老いることを、恐れなくていい。
私たちは一緒に、ゆっくり育っていくのだから。
77年間連れ添った体より
書き終えて——しばらく、その手紙を眺めた。
体から心への手紙。
誰にも見せない手紙。
でも——これほど正直に書けた手紙は、今まであっただろうか。
老いるということの、本当の意味
今日、私が辿り着いた答えを——ここに書いておこう。
老いるということは、体が弱くなることではない。
老いるということは——長く生きてきた体が、ゆっくりと、深く、世界を味わえるようになっていくことだ。
速く歩けなくなったから、道端の花が見える。
大きな声が出なくなったから、静かな音が聞こえる。
徹夜できなくなったから、朝の光が美しい。
遠くが見えなくなったから、近くにあるものが愛おしい。
失うたびに——見えてくるものがある。
そのことを、77歳になって初めて知った。
縁側に出た。
今日も、庭の木が揺れていた。
膝が、少し痛かった。
でも——それがなんだというのか。
この膝が、77年分の道を歩いてきたのだ。
痛くて、当たり前だ。
ありがとう、と思った。
お茶を一口飲んだ。
今日も——美味しかった。
次回・第7話「『生まれてきてよかった』と思えた瞬間を、10個書き出してみた。後期高齢者が辿り着いた、自分の人生の宝物リスト。」につづく……🌿
📝 読者の皆さんへ
最近、体の変化を感じていますか?
階段がしんどくなった。目が霞む。物忘れが増えた—— そんな自分を、責めていませんか?
今日だけは——責めるのをやめて、 こう言ってあげてください。
「よく頑張ってくれた」と。
あなたの体は、あなたが生きてきたすべての時間を—— 一秒も休まずに、支え続けてきました。
その体に——今日、感謝してみてください。
膝に手を当てて。 目を閉じて。 胸に手を置いて。
「ありがとう」と——言ってあげてください。
きっと——何かが、変わります。
老いることは、終わりではありません。 長く生きてきた体が、ゆっくりと語り始めることです。🌿🌸

