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30代の私は、仕事に燃えていた
言い訳をするつもりはない。
でも——少しだけ、説明させてほしい。
30代の私は、仕事が好きだった。
正確に言えば——仕事に打ち込んでいる自分が、好きだった。
目標を立てて、達成して、また次の目標を立てる。上司に認められて、部下に慕われて、会社の中での自分の居場所が、確かな形を持っていく。
家にいると——何もできていない気がした。
皿洗いも、洗濯物を畳むことも、子どもをお風呂に入れることも——妻の方が上手だった。私が手を出すと、かえって邪魔になることが多かった。
「家のことは妻に任せた方がいい」
そう思い始めたのは、いつ頃からだろう。
その思い込みが——気づけば「家族といる時間」そのものを、遠ざけていた。
忘れられない三つの場面がある
アルバムをめくりながら——胸に刺さって、今も抜けていない場面が、いくつか浮かんできた。
一つ目は、娘の小学校の発表会の日のことだ。
娘が初めて劇の主役をもらったと、妻から聞いていた。
その日、大事な取引先との商談が入った。
「絶対に外せない」と判断した。
発表会には行かなかった。
帰宅したのは夜遅くだった。娘はもう寝ていた。
翌朝、娘が「お父さん、見に来てくれた?」と聞いた。
「ごめんな、仕事だった」と答えると——娘は「そっか」と言って、学校へ行った。
泣かなかった。怒らなかった。ただ「そっか」と言って、行ってしまった。
その「そっか」が——何十年経っても、胸に残っている。
怒ってくれた方が、よかった。
泣いてくれた方が、よかった。
「そっか」という一言は——諦めの言葉だったのだと、今ならわかる。父親はそういうものだと、あの頃の娘はもう、知っていたのだ。
二つ目は、息子が中学の野球部でレギュラーを取った日のことだ。
妻から電話で「レギュラーに選ばれたって」と聞いた。
「そうか、よかったな」と答えた。
それだけだった。
その夜、帰宅したとき息子はもう部屋にこもっていた。
夕食の席で「レギュラーおめでとう」と言えばよかった。肩を叩いてやればよかった。一緒に喜んでやればよかった。
でも——疲れていた。何かのニュースを見ながら、黙って飯を食った。
「おめでとう」の三文字を、その日言えなかった。
次の日も、言えなかった。
そのうち——言いそびれたまま、季節が変わった。
三つ目は——妻のことだ。
結婚して何年目かの、妻の誕生日のことだ。
完全に、忘れていた。
妻は何も言わなかった。
夕食のとき、妻がいつもより少し静かだった。でも私は気づかなかった。いや——気づいていたかもしれない。でも、疲れていたから、見て見ぬふりをした。
翌日、妻の友人から「昨日、誕生日だったのに何もなかったって、落ち込んでいたよ」と、遠回しに聞いた。
そのとき初めて——妻が昨夜どれほど悲しかったかを、想像した。
遅かった。
一日遅れで花を買って帰った。妻は「ありがとう」と言ったが——その目は、少し遠かった。
仕事は、言い訳だったのかもしれない
今になって、正直に思うことがある。
「仕事が忙しかった」というのは——半分は本当で、半分は言い訳だったかもしれない。
本当に、発表会に行けなかったのか。本当に、息子に「おめでとう」と言えなかったのか。本当に、妻の誕生日を覚えていられなかったのか。
やろうと思えば、できたことが——いくつもあったはずだ。
でも、しなかった。
「仕事だから仕方ない」という言葉が——どれほど便利な言い訳だったか。
家族は文句を言わなかった。妻は黙って全部引き受けてくれた。子どもたちは「そっか」と言って、適応していった。
その優しさに——甘えていた。
甘えていることに、気づかないふりをしていた。
それでも——家族は、いてくれた
でも——ここから先が、この話の本当の核心だ。
アルバムをめくり続けていたら、こんな写真が出てきた。
家族四人で、どこかの公園にいる写真だ。
私が写っている、珍しい一枚だった。
子どもたちが両側からしがみついていて、妻が隣で笑っていた。
私も——笑っていた。
いつ撮ったのか、誰が撮ってくれたのか、もう覚えていない。でも——その写真の中の私は、間違いなく幸せそうだった。
仕事ばかりしていた父親だったけれど——それでも、こんな顔で笑った日が、ちゃんとあった。
不十分な父親だったかもしれない。いない場面の方が多かったかもしれない。でも——子どもたちは育った。妻は隣にいてくれた。娘は旅行計画書を持ってやってきた。息子は「大切にする」と言った。
それは——私への、家族からの答えなのだと思う。
足りなかった父親でも、家族は愛してくれた。その事実が——胸の奥で、後悔と感謝を同時に溶かしていく。
30代の自分へ、手紙を書いた
便箋を取り出して——仕事に燃えていた頃の自分へ、手紙を書いた。
30代の私へ。
今のお前は、仕事が楽しくて仕方ないだろう。 それはいい。仕事に情熱を持てることは、誇っていい。
でも——一つだけ、頼みがある。
今夜、早く帰れ。
特別な日でなくていい。 記念日でなくていい。 ただ——「今日は早く帰ろう」と決めて、帰れ。
帰ったら、子どもたちの顔を見ろ。 今日、どんな一日だったか、聞いてやれ。 大した話でなくてもいい。学校でこんなことがあった、 給食がどうだった——そんな話を、ちゃんと聞いてやれ。
お前は「仕事で疲れているから」と思うかもしれない。 でも——子どもが「今日の話」をしてくれる時間は、 思っているよりずっと短い。
ある日突然、子どもは話してくれなくなる。 「別に」「普通」——それだけ言って、部屋に行ってしまう。 その日が来てから後悔しても、遅い。
妻にも——声をかけてやれ。 「今日どうだった」の一言でいい。 それだけで、妻の一日が変わる。 それだけで、お前への信頼が、静かに積み重なっていく。
発表会には、行けるなら行け。 運動会には、行けるなら行け。 誕生日は、忘れるな。
仕事の成果は、数字として残る。 でも——家族との時間は、記憶としてしか残らない。 そして記憶は——積み重ねなければ、生まれない。
お前が77歳になったとき、 アルバムを開いて後悔する場面を—— 今日一枚でも、減らしてくれ。
仕事を愛する気持ちは、持ち続けていい。 でも——家族を愛することと、どちらかを選ぶ必要はない。 両方、できる。お前ならできる。
ただ——意識しなければ、家族の方が後回しになる。 それだけを、覚えておいてくれ。
最後に一つだけ言う。
お前の子どもたちは、本当にいい子に育つ。 娘は旅行計画書を作って、後期高齢者の父を 絶景の前で泣かせてくれる。 息子は「大切にする」という四文字で、 父親の胸を熱くさせてくれる。
それはお前の育て方のおかげではない。 妻のおかげだ。 妻への感謝を——絶対に、忘れるな。
77歳の自分より
書き終えて——しばらく、動けなかった。
後悔と感謝が、胸の中で混ざり合って、うまく分けられなかった。
後悔しているから、感謝が深い。感謝があるから、後悔が優しくなる。
この二つは——矛盾ではなく、対になっているものなのだと思う。
父親としての、最後の告白
アルバムの最後のページに、最近の写真が一枚だけ挟まっていた。
娘が旅行先で撮ってくれた写真だ。
絶景の海を前に、私が立っている。
シワだらけの顔が——笑っていた。
「いい顔してるよ、お父さん」と娘が言った、あの写真だ。
30代の頃の写真より——ずっと、いい顔をしていた。
仕事ばかりしていた父親が、後期高齢者になって——娘に連れられた旅先で、人生一番の顔をしていた。
遠回りしたけれど——ちゃんと、たどり着いた。
それが——父親としての、私の正直な答えだ。
30代の自分に言いたいことは、山ほどある。
でも——結局のところ、一番言いたいのはこれだ。
「心配しなくていい。お前の家族は、お前をちゃんと愛してくれるから」
その愛情に、早く気づけばよかった。
それだけが——唯一の、後悔だ。
次回・第4話「『もうすぐ会えなくなる人』が、増えてきた。先に逝った友へ、親へ、懐かしいあの人へ——天国に届かなかった手紙を、ここに書く。」につづく……✍️
📝 読者の皆さんへ
今日、仕事から帰ったら—— あるいは今すぐ—— 大切な人の顔を、ただ見てみてください。
何か特別なことをしなくていい。 「今日どうだった?」の一言でいい。
その一言が—— 何年後かの自分を、救ってくれるかもしれないから。
後悔は、取り消せない。 でも——今日からの記憶は、まだ作れる。
アルバムの中に、あなたの笑顔が—— もっとたくさん残りますように。✍️🌸


