第1話 「100歳まであと23年」と気づいた朝、縁側でお茶を飲みながら——後期高齢者が自分へ宛てた、人生最初の手紙。

これからの時代におすすめ
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計算したのは、まったくの偶然だった。

その朝も、いつものように早く目が覚めた。

隣で妻がまだ眠っている。起こさないように、そっと布団を抜け出して、縁側に出た。

冷たい空気が、頬を撫でた。

庭の木が、朝靄の中でぼんやりと揺れていた。遠くで鳥が一声鳴いた。空はまだ薄暗く、東の端だけが、ほんのり橙色に染まり始めていた。

お茶を一口飲んだ。

温かかった。

ぼんやりと空を眺めながら——なんとなく、頭の中で数字を並べた。

今年、私は77歳になる。

100から77を引くと——23。

「100歳まで、あと23年か」

声に出したわけではない。ただ、頭の中でその数字が浮かんだだけだ。

でも——その瞬間、不思議なことが起きた。

胸の奥で、何かがざわりと動いた。


「23年」という数字が、妙に大きく感じた理由

23年という時間を、逆向きに数えてみた。

今から23年前——私は54歳だった。

54歳の私は、まだ現役で働いていた。毎朝スーツを着て、満員電車に乗っていた。子どもたちはもう独立していたが、まだ親の介護が始まっていなかった。髪はまだ黒かった。膝も痛くなかった。階段を走って上れた。

あの頃から今までの23年間に——どれほどのことがあっただろう。

退職した。両親を見送った。病気をした。娘の結婚を見届けた。孫が生まれた。妻と喧嘩をして、仲直りをして、また喧嘩をした。初めて後期高齢者という言葉を、自分のこととして受け取った。終活を始めた。釣り竿を息子に渡した。絶景の前で泣いた。

23年という時間に、これだけのことが起きた。

ならば——これからの23年にも、きっとそれと同じだけのことが待っている。

その気づきが——縁側の朝の空気の中で、静かに私の胸に落ちてきた。


でも同時に、こうも思った

「あと23年」という言葉には、もう一つの顔がある。

「残り23年しかない」という顔だ。

100歳まで生きられる保証は、どこにもない。

明日のことは、誰にもわからない。昨日まで元気だった人が、今朝突然倒れることがある。それは、この歳になれば——身をもって知っている。

親友が突然逝った日のことを、まだ覚えている。

「また飲もうな」と言い合ったまま、その「また」が永遠に来なかった日のことを。

だから——「あと23年ある」と「あと23年しかない」は、同じ言葉の、二つの顔だ。

どちらの顔で見るかは——自分が決めることだ。

縁側でお茶を飲みながら、私はどちらの顔で見るかを、しばらく考えた。


人生で初めて、自分へ手紙を書こうと思った

不思議なことに——その朝、無性に手紙を書きたくなった。

誰かへの手紙ではなく。

自分自身へ宛てた手紙だ。

これまでの人生で、自分へ手紙を書いたことは一度もなかった。感謝の手紙は妻に書いた。娘に書いた。息子に書いた。友人に書いた。でも——自分自身に書いたことは、ただの一度もなかった。

なぜ書きたくなったのか、うまく説明できない。

ただ——縁側に座って、「100歳まであと23年」という数字を頭の中で転がしていたら、なぜか自分の中にいる「もう一人の自分」と、話がしたくなったのだ。

あの頃の自分に。今の自分に。これからの自分に。

いろんな時代の自分が、胸の中に住んでいて——全員に、言いたいことがある気がした。


自分への手紙・書き始めてみた

お茶を飲み干して、部屋に戻った。

机の引き出しから、便箋を一枚取り出した。

ペンを持った。

何を書けばいいか、少し迷った。

でも——書き始めたら、止まらなかった。


自分へ。

77歳のお前へ、同じ77歳のお前から書く。 おかしな書き出しだが、今朝どうしてもこれを書かずにいられなかった。

今朝、縁側でお茶を飲んでいたら、気づいてしまった。 100歳まで、あと23年だということに。

長いか短いか——正直、まだわからない。 でも、23年前の自分のことを思えば—— 23年という時間は、途方もなく広い。 悲しいことも、嬉しいことも、泣くことも、笑うことも—— まだ山ほど、そこに待っているのだと思う。

一つだけ、今のお前に言いたいことがある。

「先送りを、やめろ」ということだ。

会いたい人に、今日会いに行け。 言いたい言葉を、今日言え。 食べたいものを、今日食べろ。 行きたい場所に、来年ではなく今年行け。

お前はこれまでの人生で、「いつか」と言いながら、 どれだけのことを先送りにしてきたか—— 自分が一番よく知っているはずだ。

あと23年ある。 でも——あと23年しかない。

どちらでもいい。 大切なのは、今日という日を、 昨日よりほんの少しだけ、丁寧に生きることだから。

縁側のお茶が、美味しかった。 それだけで、今日は十分だ。

77歳の自分より


書き終えて、しばらく便箋を眺めた。

照れくさかった。

でも——不思議なほど、胸が温かかった。

自分へ手紙を書くということは、自分と正直に向き合うことだったのだと、書き終えてわかった。

誰かへの手紙は、相手のことを考えながら書く。でも自分への手紙は——誰の目も気にせず、飾らずに書ける。言い訳もできない。照れも要らない。ただ——今の自分が、今の自分に正直に語りかけるだけだ。

それが、思いのほか、気持ちよかった。


「100歳まであと23年」は、呪いではなく、祝福だ

縁側に戻って、もう一杯お茶を飲んだ。

空がすっかり明るくなっていた。

東の空に、太陽が顔を出し始めていた。

「100歳まであと23年」——これは、残り時間を宣告する言葉ではない。

「まだ23年もある」という、祝福の言葉だ。

23年あれば、娘とまだ何度も旅に出られる。妻とまだ何度もお茶が飲める。孫の成長を、まだずっと見守れる。息子とまだ何度も、ぶつかって仲直りできる。友人にまだ「ありがとう」を届けられる。初めて見る景色が、まだどこかに待っている。

後期高齢者には、まだやることが山ほど残っている。

太陽が、庭の木を照らし始めた。

木の葉が、朝の光を受けてきらりと光った。

お茶の最後の一口が——今朝一番、美味しかった。


あなたへも、手紙を書いてほしい

この手紙シリーズを読んでいる、あなたへ。

「100歳まであと何年ですか?」と、今すぐ計算してみてほしい。

その数字が出たとき——どんな気持ちになりましたか?

驚きましたか。安心しましたか。寂しくなりましたか。それとも——何か、じんわりと温かいものが胸に来ましたか。

どんな気持ちでも、正解だ。

その気持ちをそのまま——便箋に書いてほしい。

宛名は「自分へ」でいい。上手でなくていい。一行でいい。

自分への手紙は、自分の人生を——もう一度、自分の手に取り戻す行為だと思う。

誰かに見せなくていい。どこかに送らなくていい。

ただ——書くだけでいい。

書いた瞬間に、何かが変わる。

縁側のお茶が、少し美味しくなるかもしれない。

空が、少し高く見えるかもしれない。

今日という日が、昨日より少しだけ——輝いて見えるかもしれない。


次回・第2話「あの日の風景が、まだ目に浮かぶ。懐かしい故郷の景色と、二度と戻れないあの夏を——77年後の自分が、少年へ宛てた手紙。」につづく……🌅


📝 読者の皆さんへ

今すぐ計算してみてください。 「100歳まで、あと何年ありますか?」

その数字を紙に書いて—— 「その年数前の自分は、何をしていたか」を思い出してみてください。

きっとそこに——懐かしくて、温かくて、胸がいっぱいになる記憶が眠っています。

そしてもし良ければ—— 今日、便箋を一枚取り出して、 「自分へ」と書いてみてください。

あとは——ペンが、導いてくれます。🌅🌸