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モノには「記憶」が宿っている
生前整理のとき、押し入れのモノを「残す」「譲る」「手放す」の三つに分けた。
そのとき気づいたことがある。
モノには、ただの「物体」以上の何かが宿っている。
長年使い込んだ釣り竿には、川の匂いと朝靄の記憶がある。若い頃に買った腕時計には、仕事に燃えていた頃の自分がいる。旅先で買い集めた置物の一つひとつには、その場所の空気と、一緒に旅した人の笑顔がある。
モノは、記憶の器だ。
だから——捨てることが難しい。だから——誰かに渡すとき、無造作には渡せない。
愛したモノを、愛してくれる人の手に渡す。
その「橋渡し」をするのが——生前贈与という行為の、本当の意味なのだと思う。
「生前贈与」という言葉の、二つの意味
「生前贈与」という言葉を聞くと、多くの人が「税金対策」を思い浮かべるかもしれない。
確かに——財産の生前贈与には、相続税対策としての側面がある。毎年一定額までは贈与税がかからない非課税枠があり、計画的に行うことで、相続税の負担を軽減できる場合がある。お金や不動産の生前贈与については、税理士や専門家に相談することを強くお勧めする。
でも——私が今日話したいのは、もう一つの生前贈与だ。
「モノの生前贈与」——釣り竿や時計や、思い出の品々を、生きているうちに大切な人へ手渡すことだ。
これには税金も法律も関係ない。
必要なのは——「誰に渡したいか」という気持ちと、「渡す勇気」だけだ。
まず、「渡したいモノリスト」を作ってみた
エンディングノートの「大切な人へのメッセージ」のページの隣に、私は自分でページを作った。
タイトルは「渡したいモノリスト」だ。
趣味の道具、コレクション、思い出の品——一つひとつを書き出して、渡したい相手の名前を横に書いていく。
書き出してみると、思いのほか時間がかかった。
一つのモノについて考え始めると、そのモノにまつわる記憶が次々と蘇って——気づけば手が止まって、遠い目をしている。
釣り竿は——息子に渡したい。あいつが初めて魚を釣った日のことを思えば、この竿は息子のところへ行くのが一番自然だ。
若い頃から集めてきた古銭のコレクションは——孫に渡したい。まだ小学生の孫が歴史に興味を持ち始めたと聞いた。古銭を眺めながら、歴史に興味を深めてくれたら、こちらは本望だ。
亡き父から受け継いだ懐中時計は——第4話でも書いたが、息子に渡すと決めた。父から私へ、私から息子へ——時間が繋がっていく。
長年愛用してきた万年筆は——娘に渡したい。娘は昔から文章を書くのが好きだった。この万年筆で何かを書いてくれたら、父として最上の喜びだ。
旅先で買い集めた置物たちは——まだ悩んでいる。あの一つひとつに、どこへ行ったときの記憶が宿っているか——渡す相手を決める前に、まず妻と一緒に眺めながら思い出話をしたいと思っている。
リストを作りながら——これは「モノを整理する作業」ではなく「人生を振り返る旅」だと気づいた。
息子に釣り竿を渡した日のこと
「渡したいモノリスト」を作り終えて——私はすぐに行動することにした。
「死んだ後に渡す」より「生きているうちに渡す」方がいい。それは、感謝の手紙を書いたときに学んだことだ。
まず息子に電話をかけた。
「久しぶりだな。今度、少し時間はあるか」
「どうした、急に」と息子が少し驚いた様子で言った。
「渡したいものがあってな」
週末、息子が家に来た。
物置から釣り竿を取り出して、息子の前に置いた。
息子は一瞬、目を細めた。
「これ——昔、一緒に釣りに行ったときの竿じゃないか」
「そうだ。お前が初めて魚を釣った日に使った竿だ」
息子は竿を手に取って、継ぎ目のところをそっと指でなぞった。
私がさっきやったのと、まったく同じ動作だった。
血というのは、不思議なものだ。
しばらく沈黙が続いた。
「俺に、くれるのか」と息子が言った。
「お前のところへ行くのが、一番いいと思った」
息子はまだ竿を眺めていた。やがて顔を上げて——普段は滅多に見せない、柔らかい表情で言った。
「大切にする」
たった四文字だった。
でも——それ以上の言葉は、何も要らなかった。
父と息子の間に、ずっと架かっていなかった橋が——釣り竿一本で、静かに繋がった気がした。
孫に古銭を渡した日のこと
次の週末、孫が遊びに来た。
小学校五年生の孫は、最近歴史が好きになったと娘から聞いていた。
「じいちゃんから、プレゼントがあるぞ」と言うと、孫が目を輝かせた。
箱を開けると——古銭が並んでいた。
「これ、なに?」
「昔のお金だ。江戸時代のものもあれば、明治のものもある」
孫は一枚一枚、恐る恐る手に取りながら眺めた。
「これ、本物?」
「本物だ。じいちゃんが長い年月をかけて集めたんだ」
孫の目が、どんどん大きくなっていった。
「この四角い穴のやつ——社会の教科書で見た!」
その瞬間の孫の顔を、私は一生忘れない。
教科書の中に閉じ込められていた歴史が、手のひらの上で突然リアルになった——そんな表情だった。
「大切にしてくれるか」と私が言うと、孫は真剣な顔で「うん、絶対」と頷いた。
愛したコレクションが、次の世代の好奇心に火をつけた。
これ以上の「行き先」が、あるだろうか。
「誰に渡すか」を決めるための、三つの問い
「渡したいモノリスト」を作るとき——何を基準に相手を決めればいいか、迷う方もいると思う。
私が自分に問いかけた、三つの問いをお伝えしよう。
問い①「このモノと一番縁が深い人は誰か」
そのモノにまつわる記憶の中に、誰かの顔が浮かんだなら——その人に渡すのが一番自然だ。息子との釣りの記憶が竿に宿っているなら、竿は息子のもとへ。亡き父の形見の時計を継いだ私が息子に渡すなら、それは時間の連鎖だ。モノの記憶と、受け取る人の縁が重なる場所に——正しい「行き先」がある。
問い②「このモノを一番喜んでくれる人は誰か」
喜びの顔が目に浮かぶ人に渡すのが、贈る側にとっても一番嬉しい。古銭を孫に渡したとき、あの輝いた目を見て——私は「この子でよかった」と心の底から思った。受け取った人の笑顔が、贈り物の本当の価値を決める。
問い③「このモノを通じて、何を伝えたいか」
モノを渡すことは、記憶を渡すことだ。釣り竿と一緒に、あの朝靄の川べりの記憶を渡した。懐中時計と一緒に、父から受け継いだ時間の重さを渡した。万年筆と一緒に、言葉を大切にしてきた父の生き方を渡したい。モノは「メッセージの器」にもなれる。何を伝えたいかを決めれば、誰に渡すべきかが自ずと見えてくる。
渡すとき、「なぜこれをあなたに」を伝えることが大切
生前贈与で一番大切なことを、最後にお伝えしよう。
モノを渡すとき——「なぜこれをあなたに渡したいか」を、必ず言葉にして伝えてほしい。
黙って手渡すだけでは、受け取った人はその重みを半分しか受け取れない。
「これはお前が初めて魚を釣った日の竿だ。大切にしてくれ」 「お祖父さんから受け継いだ時計だ。次はお前が時間を刻んでくれ」 「この万年筆で、お前に手紙を書いた。今度はお前が誰かに手紙を書いてくれ」
その言葉があって初めて——モノは「ただの物体」から「記憶の贈り物」になる。
受け取った人は、そのモノを手にするたびに——贈ってくれた人のことを思い出す。
それが、生きているうちに渡す最大の意味だ。
死んだ後に遺品として受け取るより、今日この手から受け取る方が——温もりがある。重さがある。言葉がある。
まだ渡せていないモノが、ある
万年筆は——まだ渡していない。
娘に渡すと決めているが、もう少し手元に置いておきたい気持ちがある。
この万年筆で、まだ書きたいことがあるからだ。
エンディングノートの続きを書きたい。友人への手紙をもう一通書きたい。妻への手紙を、もう一枚書き足したい。
モノを渡す前に——そのモノでできることを、もう少しやり尽くしたい。
それも、生きているうちにしかできないことだから。
万年筆を手に取って、インクの残りを確認した。
まだ、たっぷりある。
よかった。まだ、書ける。
後期高齢者には、まだやることが山ほど残っている。
愛したモノたちに行き先をつけながら——私自身の「行き先」も、少しずつ見えてきた気がする。
それは怖いものではなかった。
むしろ——整えられた旅支度のような、清々しさがあった。
次回・最終話・第10話「終活を終えたら、人生が軽くなった。後期高齢者の父が気づいた『終活の本当の意味』と、残りの日々の生き方。」につづく……🎣
📝 読者の皆さんへ
今、頭の中に「あれは誰かに渡したいな」と思うモノが、浮かんでいませんか?
釣り道具でも、コレクションでも、古い腕時計でも—— 一つだけでいいので、「渡したい人」の顔を思い浮かべてみてください。
その顔が浮かんだなら——もう答えは出ています。
今週末、そのモノを手に取って、大切な人に電話してみてください。 「渡したいものがある」——その一言だけで、きっと会いに来てくれます。
生前贈与は、財産の話だけではありません。 あなたが愛したモノを、あなたの言葉と一緒に手渡すこと——それが、最も温かい贈り物です。🎣🌸

