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親友の妻が、途方に暮れていた
十年ほど前の話だ。
長年の親友が、突然倒れて帰らぬ人となった。
葬儀の場で、親友の妻がひどく憔悴した顔で立っていた。悲しみのためだけではなかった。後から聞けば——葬儀の手配から始まって、お墓をどうするか、戒名はどうするか、どこに連絡すればいいか——何ひとつ決まっていなくて、悲しむ間もなく走り回っていたのだという。
「あの人、何も言っていかなかったから」
親友の妻は、そう言って泣いた。
その言葉が——十年経った今も、胸に刺さったまま残っている。
「何も言っていかなかった」
私は、同じことをしようとしていた。
なぜ、お墓と葬儀の話は後回しにされるのか
お墓と葬儀の話が避けられる理由は、主に三つあると思う。
ひとつ目は——「縁起が悪い」という感覚だ。 日本人には、死を連想させる話題を避ける文化がある。特に元気なうちは「まだそんな話は早い」と思いがちだ。でも元気なうちにこそ、冷静に話し合えるのだということを、忘れてはいけない。
ふたつ目は——「なんとかなる」という根拠のない楽観だ。 「いざとなれば子どもたちがやってくれる」「葬儀社に任せればいい」——そう思って後回しにしていると、残された家族が悲しみの中で、無数の決断を迫られることになる。
みっつ目は——「自分の死を現実として受け入れたくない」という本能だ。 これは弱さではない。人間として当然の感情だ。でも——だからこそ、意識して向き合わなければ、永遠に先送りになってしまう。
先送りのツケを払うのは、いつも残された家族だ。
お墓について、今すぐ考えておくべきこと
お墓の問題は、実は非常に複雑になってきている。
かつては「先祖代々のお墓に入る」が当たり前だった。でも今は、様々な選択肢がある。家族の状況もそれぞれ違う。だからこそ——自分はどうしたいのかを、はっきりと決めておく必要がある。
主な選択肢を整理しておこう。
【従来のお墓】 先祖代々のお墓がある場合、そこに入るのが一般的だ。ただし——お墓の管理を誰が引き継ぐのか、維持費はどうするのか、遠方に住む子どもたちに負担をかけないか——これらを家族で話し合っておく必要がある。
【樹木葬】 近年、急速に広まっている選択肢だ。墓石の代わりに樹木を墓標とする埋葬方法で、費用が比較的安く、管理の手間が少ないのが特徴だ。自然の中に還りたいという方に選ばれることが多い。
【納骨堂】 屋内施設に遺骨を納める方法だ。天候に関係なくお参りできること、交通の便が良い場所にあることが多いのが利点だ。都市部を中心に増えている。
【散骨】 遺骨を粉末にして、海や山に撒く方法だ。「お墓を持たない」という選択でもある。ただし——家族の中に抵抗を感じる方がいる場合もあるため、必ず事前に話し合っておきたい。
【合葬墓・合同墓】 複数の人の遺骨を合わせて埋葬する方法だ。費用が抑えられ、管理の手間もない。ただし、後から遺骨を取り出すことはできないため、慎重に考える必要がある。
どれが正解ということはない。
大切なのは——「自分はどうしたいか」を決めて、家族に伝えておくことだ。
葬儀について、決めておくべきこと
葬儀についても、近年は選択肢が大きく広がっている。
かつての葬儀といえば、祭壇を飾り、大勢の参列者を迎える、盛大なものが一般的だった。しかし今は——形が多様化している。
【一般葬】 従来の形式の葬儀だ。会社関係や地域の人々など、広く参列者を招く。費用はかかるが、多くの人に見送ってもらえる。
【家族葬】 家族や親しい友人だけで行う、小規模な葬儀だ。近年、急速に増えている形式だ。故人とゆっくり最後の時間を過ごせることが、選ばれる理由のひとつだという。
【一日葬】 通夜を行わず、告別式のみを一日で行う葬儀だ。参列者への負担が少なく、費用も抑えられる。
【直葬・火葬式】 通夜・告別式を行わず、火葬のみを行う最もシンプルな形式だ。費用を大幅に抑えられる反面、お別れの時間が短くなる。
私が決めたのは——家族葬だ。
大勢の人に来てもらうより、本当に大切な人たちとゆっくり最後の時間を過ごしてほしい。喪服で格式張るより、思い出話をしながら笑って送り出してほしい——そう思った。
エンディングノートに、その旨を書いた。
「戒名」と「お布施」についても触れておこう
葬儀の話になると、必ず出てくるのが戒名とお布施の問題だ。
戒名とは、仏式の葬儀において故人に授けられる名前だ。宗派や位によって費用が異なり、数万円から数百万円まで幅がある。
「高い戒名でなければいけないのか」と悩む方も多いが——これも、事前に菩提寺に相談しておくのが一番だ。付き合いのあるお寺があれば、生前に住職と話しておくと、家族の負担が大きく減る。
お布施についても同様だ。「いくら包めばいいのかわからない」という声をよく聞くが、地域や宗派によって相場が異なる。これも事前に確認しておくことで、家族が戸惑わずに済む。
「聞くのは恥ずかしい」ではなく「聞いておくのが礼儀」だと、私は思う。
妻と初めて、その話をした夜
ある夜、食事を終えてお茶を飲んでいるとき——私は妻に切り出した。
「少し、話があるんだが」
妻が顔を上げた。
「お墓と葬儀のことを、そろそろ決めておこうと思って」
妻は一瞬、表情を曇らせた。でも——すぐに、静かに頷いた。
「そうね。私も、ずっと気になっていたの」
妻も、ずっと思っていたのだ。
ただ——お互いに「縁起でもない」と思って、言い出せずにいただけだった。
その夜、二人でお茶を飲みながら、長い時間をかけて話した。お墓はどうするか。葬儀はどんな形がいいか。呼んでほしい人、呼ばなくていい人。どんな花を飾ってほしいか。どんな音楽を流してほしいか。
話しながら、時々笑った。
「お父さん、こだわりが多いのね」と妻が笑った。「だって、一回きりだから」と私が答えた。
死の話をしているのに——不思議なほど、温かい夜だった。
話し合いを終えて、妻が言った。
「話してくれてよかった。これで少し、安心できた気がする」
その言葉が——何より嬉しかった。
家族に話すとき、大切なこと
お墓と葬儀の話を家族に切り出すとき、大切にしてほしいことがある。
「暗く重く話さないこと」だ。
「死ぬ前に決めておかないと」という切迫感ではなく——「残りの人生を身軽に生きるために整理したい」という前向きな姿勢で話すと、家族も受け取りやすくなる。
旅の帰り道に「そういえば」と話し始めてもいい。食事の後のお茶の時間でもいい。エンディングノートを見せながら話してもいい。
切り出し方は、何でもいい。
ただ——話さないまま逝くことだけは、しないでほしい。
親友の妻の「何も言っていかなかったから」という言葉を、私は一生忘れない。
あの言葉は——悲しみではなく、寂しさだったのだと、今ならわかる。
最後まで、大切な人と話し合える関係でいよう。
それが——後期高齢者の私に、今できる最大の愛情表現だと思っている。
次回・第6話「デジタル終活、やっていますか?スマホの中身・ネット銀行・SNSアカウント——知らないと家族が本当に困る『見えない遺産』の整理術。」につづく……🪦
📝 読者の皆さんへ
お墓と葬儀の話——「縁起でもない」とまだ先送りにしていませんか?
今日、家族と「少しだけ」話してみてください。 完璧に決めなくていいです。「自分はこうしたい」という気持ちを、ひとつだけ伝えるだけでいい。
その一言が——残された家族を、どれほど救うことになるか。
話せるうちに、話しておきましょう。 それが、最後の親切です。🪦🌸

