第4話 実家の押し入れを開けたら、昭和が出てきた。笑いながら泣きながら進めた「生前整理」の記録。

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生前整理を始めようと思ったきっかけ

正直に言えば、最初は気が進まなかった。

お金の整理を終えて、エンディングノートも書き始めて——次は「モノの整理」だとわかっていた。でも押し入れの前に立つたびに、なんとなく後回しにしていた。

背中を押してくれたのは、娘の一言だった。

旅から帰ってしばらく経ったある日、娘が電話をくれた。

「お父さん、終活進んでる?」

「まあ、少しずつな」

「押し入れは?」

「……これからだ」

電話口で娘が笑った。

「手伝おうか?」

その一言で、私はようやく重い腰を上げた。

娘に手伝わせる前に、自分でやらなければ——父親としての意地、とでも言えばいいだろうか。情けないようで、それが一番の動機だった。


第一の難関・一番奥の段ボール箱

娘が来る前日、一人で始めることにした。

まず一番奥の段ボール箱を引っ張り出した。重かった。何が入っているのか、外からではわからない。

開けてみると——

子どもたちの通知表が出てきた。

娘の小学校一年生から中学三年生まで、全部揃っていた。妻がとっておいてくれたのだろう。一枚ずつめくると、担任の先生のコメントが書いてある。

「明るく元気な子です」 「友達思いで、クラスの人気者です」 「少し落ち着きがありませんが……」

思わず笑った。

今では立派に五十路を迎えようとしている娘が、「落ち着きがない」と書かれている。時間というのは、本当に不思議だ。

次のページをめくると——娘が書いた作文が挟まってあった。

タイトルは「わたしのお父さん」。

読んで、しばらく動けなかった。

拙い字で、こう書いてあった。

「わたしのお父さんは、いつもいそがしそうです。でも、ときどきあそんでくれるときがあって、そのときがとてもたのしいです。おおきくなったら、お父さんとたびにいきたいです」

——旅に行きたい。

子どもの頃の娘が、そう書いていた。

今年の旅行、娘は計画書を持ってやってきた。あの旅は、娘にとってもずっとの夢だったのかもしれない。

目が熱くなった。生前整理を始めて、まだ十五分も経っていなかった。


次々と出てくる「昭和の遺産」

気を取り直して、作業を続けた。

二つ目の段ボール箱を開けると——今度は写真が出てきた。

アルバムではなく、バラバラの写真だ。袋に入ったまま、現像しっぱなしで放置されていたものだろう。

一枚ずつ見ていくと、見覚えのない風景が続く。どこだったか、いつだったか——思い出せないものも多い。でも、ふとした一枚で記憶が蘇る。

若い頃の妻と私が、どこかの海辺で並んでいる写真。

妻がまだ若い。私もまだ若い。二人とも笑っている。

この写真を撮ったのは誰だったか。

なぜかその一点だけが、どうしても思い出せなかった。でも——二人がそこにいたこと、笑っていたことは、写真がちゃんと覚えていてくれた。

写真はいい。記憶が薄れても、そこにいた証拠を残してくれる。

その日から、私は写真の整理も終活の大切な作業だと思うようになった。


捨てられないものと、向き合う方法

生前整理で一番困るのは——「捨てられないもの」の存在だ。

子どもたちの通知表は捨てられない。写真も捨てられない。亡き両親からもらった手紙も捨てられない。若い頃に集めた趣味のコレクションも捨てられない。

かといって、全部残していたら生前整理にならない。

悩んだ末に、私は三つの箱を用意することにした。

残す箱」「譲る箱」「手放す箱」の三つだ。

「残す箱」は、自分が生きている間は手元に置いておきたいもの。 「譲る箱」は、誰かに受け取ってほしいもの。渡したい相手の名前も書いておく。 「手放す箱」は、誰にも必要とされないが捨てるには忍びないもの。リサイクルや寄付に出す。

この三つに分けると決めたら、不思議と作業が進んだ。

「捨てる」か「残す」かという二択は、人を追い詰める。でも「誰かに譲る」という選択肢が加わると、心が楽になる。モノに「行き先」を与えてあげるだけで、別れが優しくなる。


風呂敷の中から出てきたもの

押し入れの奥にあった、古びた風呂敷の包みを開けた。

中から出てきたのは——亡き父の形見の品々だった。

懐中時計。古い万年筆。色褪せた手帳。

父が逝ってから、何十年も経つ。風呂敷に包んで、押し入れの奥にしまって——そのまま忘れていた。

懐中時計を手のひらに乗せた。

ずしりと、重かった。

蓋を開けると、文字盤に細かな傷があった。父が毎日使っていた頃についた傷だろう。

この時計は、父の時間を刻んでいたのだ。

目を閉じると、父の姿が浮かんだ。背筋を伸ばして、この時計を取り出して、時間を確認していた後ろ姿。子どもの頃から何度も見た、あの背中。

——そうか。私も今、同じ歳を超えてしまったのか。

父が懐中時計を持っていた年齢を、私はとっくに超えている。

時間というのは、こんなにも静かに、確実に流れていくものなのか。

この時計は、息子に譲ることにした。

父から私へ、私から息子へ——時間が、また誰かの手のひらで刻まれていく。


娘が来た日の出来事

翌日、娘がやってきた。

「お父さん、随分進んだじゃない」と言いながら、三つの箱を見回した。

「これ、私の通知表じゃないの!」

娘が「残す箱」の中から通知表を見つけて、目を丸くした。

「捨てられなかったんだ」と私が言うと、娘は少し黙ってから——ぽつりと言った。

「ありがとう、お父さん」

大げさな言葉ではなかった。静かな、小さな一言だった。

でも——その「ありがとう」は、通知表を捨てなかったことへの礼だけではないような気がした。ずっとここにあったことへの、長い長い時間への——そういうものすべてが込められているような、そんな一言だった。

生前整理とは、過去と向き合うことではなく、過去に感謝することなのかもしれない。

そう思いながら、娘と二人で作業を続けた。

笑いながら、泣きながら——昭和が、少しずつ整理されていった。


生前整理で学んだ、大切なこと

押し入れの整理が終わったのは、三日後のことだった。

三つの箱は、それぞれの行き先が決まった。

空になった押し入れを眺めながら、私はひとつのことを理解した。

生前整理とは、モノを整理することではなく——モノに宿った時間と、きちんとお別れをすることだ。

捨てることへの罪悪感は、ない。手放すことへの寂しさも、もうない。それぞれのモノが、それぞれの場所へ旅立っていく。父の懐中時計は息子の手のひらへ。娘の通知表は娘自身の元へ。そして思い出の写真は、きれいなアルバムに整理されて、いつでも手に取れる場所へ。

モノを整理することで、心が整理された。

押し入れが空になって——部屋が広くなった気がした。

いや、部屋ではなく——心の中が、広くなった気がした。

後期高齢者には、まだやることが山ほど残っている。

でも今日、ひとつだけ確かなことが言える。

昭和を生きてきた証が、ちゃんとここにあった。

それだけで、十分すぎるほど——豊かな人生だったと思えた。


次回・第5話「お墓のことを、家族と話したことがありますか?『死んだら終わり』では済まない、お墓と葬儀の話を今のうちにしておくべき理由。」につづく……🗂️


📝 読者の皆さんへ

押し入れや物置の奥に、何年も開けていない段ボール箱はありませんか?

怖くないですよ。開けてみると——そこには、忘れていた大切な時間が眠っています。

笑えるものが出てきます。泣けるものが出てきます。 そして——ずっと忘れていた「自分の人生の豊かさ」に、きっと気づけます。

今週末、押し入れをひとつだけ開けてみてください。 三つの箱を用意して——「残す」「譲る」「手放す」の三択で、一つずつ向き合ってみてください。

生前整理は、片付けではありません。 人生の棚卸しです。🗂️🌸