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旅の朝、娘が「今日は特別な場所に行く」と言った
旅行2日目の朝のことだった。
宿の朝食を食べながら、娘が少し改まった顔でこう言った。
「今日ね、特別な場所に行くよ。お父さん、きっと驚くから」
妻はまたニヤニヤしている。どうやらふたりで示し合わせていたらしい。
「どこだ?」と聞いても、「着いてからのお楽しみ」の一点張り。後期高齢者には、サプライズに耐えるだけの心臓があるかどうか——などと冗談を言いながら、私たちは宿を出発した。
車窓から流れていく景色を眺めながら、私はぼんやりと昔のことを考えていた。
50年前、一枚の写真に心を奪われた
あれは、まだ私が20代の頃だった。
当時購読していた雑誌のグラビアページに、息をのむような絶景写真が載っていた。青く澄んだ空、緑の山々、そして眼下に広がる雄大な景色——。
「いつか必ずここへ行こう」
そう心に決めた。しかし仕事が始まり、結婚して、子どもが生まれて——気づけば50年という月日が流れていた。その夢は手帳の隅に書いたまま、色あせていった。
妻には話したことがあった。たった一度だけ、若い頃に。
まさか、妻がそれを娘に伝えていたとは——。
「お父さん、ここ来たかったでしょ?」
車が止まった。
娘に「目を閉じて」と言われ、少し照れながらも従った。手を引かれて、砂利道を数歩歩く。潮の香りとも、山の香りともつかない、澄んだ空気が鼻をくすぐった。
「いいよ、開けて」
目を開けた瞬間——私は言葉を失った。
そこには、50年前の写真とまったく同じ景色が広がっていた。
いや、写真よりもずっと広く、ずっと深く、ずっと美しかった。空の青さが目に染みた。風が頬を撫でた。遠くに見える山の稜線が、夢の中の景色と重なった。
「お父さん、ここ来たかったでしょ?」
娘の声が、どこか遠くから聞こえるようだった。
気づいたら——目が潤んでいた。後期高齢者が、人目もはばからず涙をこぼした。
お母さんが、ずっと覚えていてくれた
「なんで知ってたんだ」
ようやく声を絞り出すと、娘は笑いながら答えた。
「お母さんから聞いたよ。若い頃、お父さんがいつか行きたいって言ってたって」
妻を見た。妻は照れくさそうに景色の方を向いて、「さあ、何のことかしら」と白々しく言った。
何十年も前の、何気ない会話を——妻はずっと覚えていてくれたのだ。
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
50年前の私はまだ若く、夢だけが大きかった。仕事に追われ、家族を養うことに必死で、いつしかあの絶景への夢を諦めていた。でも妻は、その夢を静かに胸の中に持ち続けてくれていた。
そして娘が、それを形にしてくれた。
人生に、遅すぎる夢などない
しばらく三人で、無言で景色を眺めた。
後期高齢者の私と、もうすぐ50歳の娘と、長年連れ添った妻と——三人でこの景色に立っていることが、夢のようだった。
「来て良かったか?」と娘が聞いた。
「ああ」としか言えなかった。でも娘には、伝わったと思う。
80年近く生きてきて初めて気づいたことがある。夢というのは、自分ひとりで叶えるものじゃないのかもしれない。
大切な人が、そっと手を貸してくれて——ようやく辿り着けるものなのだと。
帰り道、娘が言った。
「次はどこ行きたい?また教えてよ、お母さんに内緒でね」
思わず笑った。妻が「聞こえてるよ」と言った。また三人で笑った。
50年越しの夢は、想像よりずっと温かかった。
次回・第5話「食べることが最大の楽しみ!娘が厳選した”ご当地グルメ旅”で、胃袋も大満足の一日。」につづく……🌸
📝 読者の皆さんへ
若い頃に諦めた夢は、あなたの心の中でまだ生きていませんか? 長く生きてきたからこそ、隣に寄り添ってくれる人がいる。 その人たちと一緒なら——どんな夢も、まだ間に合うのかもしれません。 次回も、お付き合いいただけたら嬉しいです。🌸

