第8話 旅館の夜、娘が「来年も来ようね」と言った。後期高齢者の父が、思わず目を潤ませた理由。

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電気を消した部屋で、娘がつぶやいた

「おやすみ」と言って、部屋の電気を消した。

障子の向こうから、かすかに虫の声が聞こえた。川のせせらぎも、遠くに聞こえるような気がした。旅館の夜は静かで、その静けさがまた心地よかった。

しばらく経った頃——暗闇の中で、娘の声がした。

「ねえ、お父さん」

「何だ」

「来年も来ようね。三人で」


その一言が、なぜこれほど胸に刺さったのか

たった一言だった。

「来年も来ようね」——それだけの言葉だ。

でも私は、その瞬間、暗闇の天井を見つめたまま、目の奥が急に熱くなるのを感じた。

なぜだろう、と自分でも思った。

嬉しいのか、悲しいのか、それすらもよくわからない感情が、胸の真ん中にじわりと広がっていった。


「来年」という言葉の重さを、80年生きて初めて知った

若い頃、「来年」という言葉は軽かった。

来年また飲もう。来年こそ旅行に行こう。来年になったら、ゆっくり話そう——そんな約束を、いくつ口にして、いくつ果たせないまま時間が流れていったか。

でも今は違う。

後期高齢者になった今、「来年」という言葉は、以前とはまったく違う重さを持って聞こえる。

来年、自分はまだここにいるだろうか。

足は動くだろうか。こうして旅に出られる体でいられるだろうか。娘と、妻と、三人で笑っていられるだろうか——そんなことを、考えずにはいられなくなってしまったのだ。

それが、この歳に生きるということなのだと思う。

 


妻も、黙って聞いていた

娘が「来年も来ようね」と言った後、しばらく沈黙があった。

妻は何も言わなかった。

でも——布団の中で、妻がそっと寝返りを打つ気配がした。私のほうに、向いた気がした。

長く連れ添った夫婦というのは、言葉がなくてもわかるものだ。妻も同じことを考えていたのだと、その気配だけで伝わってきた。

来年もここに来よう。その約束を、二人で静かに受け取った気がした。


「うん、また来よう」と、私は答えた

少し間があいてから、私はそう答えた。

「絶対だよ」と娘が言った。

「ああ、絶対だ」と私は言った。

それきり、三人とも黙った。

でも——その沈黙は、寂しいものではなかった。言葉を超えた何かが、暗い部屋の中に温かく漂っていた。川の音が、また遠くに聞こえた気がした。

気づけば、目の端に涙が一筋流れていた。

拭こうとしたが——そのままにしておいた。

暗闇の中でなら、泣いてもいいだろうと思った。


翌朝、何事もなかったように朝食を食べた

翌朝、旅館の朝食は豪勢だった。

焼き魚、白いご飯、味噌汁、出汁巻き卵——どれも丁寧に作られた、滋味深い味がした。娘は「このお味噌汁、最高だね」と言いながら、お代わりをしていた。妻はお漬物を「お土産に買って帰ろう」と言っていた。

昨夜のことは、誰も口にしなかった。

でも——三人の空気が、どこかいつもより柔らかかった。

そういうものなのだと思う。大切な言葉は、翌朝には静かに胸の奥に仕舞われて、その人の一部になっていくのだ。


後期高齢者が、「来年」に向かって生きる理由

旅から帰って、何日か経った。

日常の生活に戻ると、体のあちこちが旅の疲れを訴えてくる。膝が少し痛む。夜中にトイレに起きる回数が増えた。まったく、後期高齢者というのは正直なものだと苦笑いしながら、それでも私は今、妙に気力が満ちているのを感じている。

来年も行く。娘と妻と、三人で。

その約束が、今の私にとって、何よりの生きる力になっている。

人間というのは不思議なもので、楽しみがあると、体まで元気になるものらしい。

来年の春が来るまで——足腰を鍛えて、よく食べて、よく笑って、元気でいよう。娘に「お父さん、もう後期高齢者でしょ」と笑われながらも、また三人で旅に出よう。

そのために、今日も生きる。

それでいい。それだけで、十分すぎるほどいい。


次回・第9話「『お父さんって、旅先だと楽しそうだね』娘に言われて気づいた、自分の中の少年心。」につづく……🌙


📝 読者の皆さんへ

「来年も」という約束は、歳を重ねるほど、深く胸に響くものになります。 でもだからこそ——その約束が、明日への力になる。 大切な人と、「また来年ね」と言える関係を、どうか大切にしてください。 そしてその約束のために、今日も元気でいてください。 あなたの「来年」を、心から応援しています。🌙✨