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電気を消した部屋で、娘がつぶやいた
「おやすみ」と言って、部屋の電気を消した。
障子の向こうから、かすかに虫の声が聞こえた。川のせせらぎも、遠くに聞こえるような気がした。旅館の夜は静かで、その静けさがまた心地よかった。
しばらく経った頃——暗闇の中で、娘の声がした。
「ねえ、お父さん」
「何だ」
「来年も来ようね。三人で」
その一言が、なぜこれほど胸に刺さったのか
たった一言だった。
「来年も来ようね」——それだけの言葉だ。
でも私は、その瞬間、暗闇の天井を見つめたまま、目の奥が急に熱くなるのを感じた。
なぜだろう、と自分でも思った。
嬉しいのか、悲しいのか、それすらもよくわからない感情が、胸の真ん中にじわりと広がっていった。
「来年」という言葉の重さを、80年生きて初めて知った
若い頃、「来年」という言葉は軽かった。
来年また飲もう。来年こそ旅行に行こう。来年になったら、ゆっくり話そう——そんな約束を、いくつ口にして、いくつ果たせないまま時間が流れていったか。
でも今は違う。
後期高齢者になった今、「来年」という言葉は、以前とはまったく違う重さを持って聞こえる。
来年、自分はまだここにいるだろうか。
足は動くだろうか。こうして旅に出られる体でいられるだろうか。娘と、妻と、三人で笑っていられるだろうか——そんなことを、考えずにはいられなくなってしまったのだ。
それが、この歳に生きるということなのだと思う。

妻も、黙って聞いていた
娘が「来年も来ようね」と言った後、しばらく沈黙があった。
妻は何も言わなかった。
でも——布団の中で、妻がそっと寝返りを打つ気配がした。私のほうに、向いた気がした。
長く連れ添った夫婦というのは、言葉がなくてもわかるものだ。妻も同じことを考えていたのだと、その気配だけで伝わってきた。
来年もここに来よう。その約束を、二人で静かに受け取った気がした。
「うん、また来よう」と、私は答えた
少し間があいてから、私はそう答えた。
「絶対だよ」と娘が言った。
「ああ、絶対だ」と私は言った。
それきり、三人とも黙った。
でも——その沈黙は、寂しいものではなかった。言葉を超えた何かが、暗い部屋の中に温かく漂っていた。川の音が、また遠くに聞こえた気がした。
気づけば、目の端に涙が一筋流れていた。
拭こうとしたが——そのままにしておいた。
暗闇の中でなら、泣いてもいいだろうと思った。
翌朝、何事もなかったように朝食を食べた
翌朝、旅館の朝食は豪勢だった。
焼き魚、白いご飯、味噌汁、出汁巻き卵——どれも丁寧に作られた、滋味深い味がした。娘は「このお味噌汁、最高だね」と言いながら、お代わりをしていた。妻はお漬物を「お土産に買って帰ろう」と言っていた。
昨夜のことは、誰も口にしなかった。
でも——三人の空気が、どこかいつもより柔らかかった。
そういうものなのだと思う。大切な言葉は、翌朝には静かに胸の奥に仕舞われて、その人の一部になっていくのだ。

後期高齢者が、「来年」に向かって生きる理由
旅から帰って、何日か経った。
日常の生活に戻ると、体のあちこちが旅の疲れを訴えてくる。膝が少し痛む。夜中にトイレに起きる回数が増えた。まったく、後期高齢者というのは正直なものだと苦笑いしながら、それでも私は今、妙に気力が満ちているのを感じている。
来年も行く。娘と妻と、三人で。
その約束が、今の私にとって、何よりの生きる力になっている。
人間というのは不思議なもので、楽しみがあると、体まで元気になるものらしい。
来年の春が来るまで——足腰を鍛えて、よく食べて、よく笑って、元気でいよう。娘に「お父さん、もう後期高齢者でしょ」と笑われながらも、また三人で旅に出よう。
そのために、今日も生きる。
それでいい。それだけで、十分すぎるほどいい。
次回・第9話「『お父さんって、旅先だと楽しそうだね』娘に言われて気づいた、自分の中の少年心。」につづく……🌙
📝 読者の皆さんへ
「来年も」という約束は、歳を重ねるほど、深く胸に響くものになります。 でもだからこそ——その約束が、明日への力になる。 大切な人と、「また来年ね」と言える関係を、どうか大切にしてください。 そしてその約束のために、今日も元気でいてください。 あなたの「来年」を、心から応援しています。🌙✨

