第7話 娘とふたりで歩いた城下町。石畳の道で、昔の父と娘に戻れた気がした午後。

これからの時代におすすめ
スポンサーリンク(cocoon)
スポンサーリンク(cocoon)
スポンサーリンク(cocoon)

これからの季節は開花してゆく花

菜の花、あぜ道の小さな花々、

また、桜のつぼみもふっくらと季節の旅行が始まります。

妻を茶屋に残して、娘とふたりで歩き始めた

「私はここで休んでいるから、二人で行っておいで」

妻は町家を改装した小さな甘味処の縁台に腰を下ろして、そう言った。娘と私は顔を見合わせた。

「じゃあ、行くか」

「うん、行こう」

それだけの会話で、私たちは石畳の道へと踏み出した。

古い町並みが、左右に続いていた。格子戸の商家、白壁の蔵、軒先に揺れる暖簾——時間がゆっくりと流れているような、そんな路地だった。観光客の姿もあったが、喧騒とは無縁の、落ち着いた静けさがあった。

後期高齢者の足には、石畳は少々手強い。娘がさりげなく、私の左側を歩いた。転びそうになったらすぐ支えられる距離で、でも手は繋がずに。その絶妙な気遣いが、何とも娘らしかった。


石畳の凸凹が、記憶を呼び起こした

一歩、また一歩と歩くたびに、石畳の凸凹が足の裏に伝わってくる。

その感触が、不思議と昔の記憶と結びついた。

娘がまだ幼かった頃——休みの日に、よく手を繋いで歩いた。小さな手が私の指をしっかり握って、娘はいつも私の左側を歩いていた。

今日と、同じ側だ。

「ねえ、お父さん」と娘が言った。

「何だ」

「昔さ、よくこうして二人で歩いたよね」


娘も、同じことを思っていた

私は少し驚いた。

今まさに同じことを考えていたからだ。

「覚えてるか、あの商店街」と私が言うと、娘はすぐに笑った。「覚えてる覚えてる!お父さんがいつもコロッケ買ってくれたやつでしょ」

そうだ。土曜日の午後、妻が買い物をしている間、娘と二人で惣菜屋のコロッケを立ち食いするのが、私たちの密かな楽しみだった。

「あのコロッケ、美味しかったなあ」と娘が言った。

「5円だったか、10円だったか」

「もっとしてたよ!」

二人で笑った。石畳の路地に、笑い声が小さく響いた。


父と娘の時間は、変わっていなかった

歩きながら、気づいたことがある。

あの頃と今とでは、立場が逆になっていた。

幼い娘の手を引いていた父親が、今は娘にさりげなく支えてもらいながら歩いている。頼る側と頼られる側が、いつの間にか入れ替わっていた。

でも——根っこにあるものは、何も変わっていなかった。

娘は今も、私の左側を歩いている。私は今も、娘の隣を歩いている。それだけで、胸の中に温かいものが満ちてくる。

親子というのは、こういうものなのかもしれない。

形は変わっても、繋がりの温度だけは、ずっと同じままなのだ。


城の石垣の前で、娘がぽつりと言った

路地を抜けると、小高い丘の上に城が見えた。石垣がどっしりと構えて、何百年もの時間を黙って背負っているようだった。

娘がその石垣を見上げながら、ぽつりと言った。

「お父さんってさ、この石垣みたいだよね」

「どういう意味だ」

「ずっとそこにいてくれる感じ。どっしりしてて、安心する感じ」

私は何も言えなかった。

後期高齢者と言われ、年寄り扱いされ、段差の少ない宿を予約される身になっても——娘の目には、まだそんなふうに映っているのか。

目の奥が、じんわりと熱くなった。第6話に続いて、またしても娘の前で目が潤んでしまった。まったく、歳を取ると涙腺が緩くていかんと思いながら、私は城を見上げたふりをして、こっそり目をしばたかせた。


茶屋に戻ると、妻が笑っていた

しばらく歩いて、妻の待つ甘味処に戻ると、妻はお茶を飲みながら穏やかな顔で待っていた。

「どうだった?」と妻が聞いた。

娘と私は顔を見合わせて、同時に言った。

「楽しかった」

妻はただ、嬉しそうに笑った。

最初から、分かっていたのだろう。

父と娘に、二人だけの時間が必要だということを——妻は何十年も前から、ちゃんと知っていたのだ。


縁台に腰を下ろして、三人で冷たい甘味を食べた。

城下町の午後は、ゆっくりと傾いていった。

石畳の向こうに、西陽がやわらかく伸びていた。

娘と歩いたあの道は、きっと死ぬまで忘れない。

いや——忘れなくていい。この歳になってできた、新しい宝物だから。


次回・第8話「旅館の夜、娘が『来年も来ようね』と言った。後期高齢者の父が、思わず目を潤ませた理由。」につづく……🏯


📝 読者の皆さんへ

親子の会話は、特別な場所でなくてもできます。でも——非日常の景色の中を並んで歩くとき、普段は言えない言葉がふと口をついて出るものです。 大切な人と、どこかへ歩きに行ってみませんか。 石畳でなくても、商店街でも、近所の公園でも——きっとそこに、かけがえのない午後が待っています。🏯🌿