第4話 「もうすぐ会えなくなる人」が、増えてきた。先に逝った友へ、親へ、懐かしいあの人へ——天国に届かなかった手紙を、ここに書く。

これからの時代におすすめ
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最初に逝ったのは、父だった

物事には順番があると思っていた。

祖父母が逝って、その次に親が逝って——そういう順番で、人は送り出されていくものだと。

でも人生は、いつも順番通りではない。

父が逝ったのは、私がまだ40代の頃だった。

突然だった。

朝、電話が鳴った。母の声が、いつもと違った。それだけで——何かを悟った。

病院に駆けつけたとき、父はもう動かなかった。

前日まで元気だった父が——もういなかった。

「お父さん」と呼んでも、返事がなかった。

その静けさの重さを、あのとき初めて知った。

父と最後に話したのは、その一週間前だった。電話で、他愛もない話をした。天気の話だったか、仕事の話だったか——もう覚えていない。「じゃあまたな」と言って、切った。

「またな」が、最後の言葉になった。

もっと話せばよかった。もっと会いに行けばよかった。「親父、ありがとう」と——一度でも、ちゃんと言えばよかった。

父の背中に、言えなかった言葉が、今も積み重なっている。


母が逝った夜のことは、今も夢に見る

父が逝って十数年後——今度は母が逝った。

母の最期は、父とは違った。

長い闘病の末だった。

病室に通い続けた最後の半年、母は日に日に小さくなっていった。あんなに大きく見えた母が——布団の中で、子どものように小さくなっていった。

最後の頃、母は私の顔を見ると決まってこう言った。

「来てくれたの。遠いのに、ありがとうね」

「遠くない遠くない」と私は笑いながら言った。でも母は毎回、「遠いのに」と言った。

母にとって私は、いつまでも「遠いところに住んでいる息子」だったのだろう。

もっと近くにいてやればよかった。

母が逝った夜——病室の窓から、夜空を眺めた。

星が、やけに多かった。

「お母さん、もう痛くないか」と、窓に向かって呟いた。

返事はなかった。

でも——風が、一瞬だけ動いた気がした。

あれは返事だったのだと、今でも思っている。


親友が逝った日のこと

同窓会の名簿の中で、一番目が止まる名前がある。

学生時代から、一番長く付き合った親友の名前だ。

あいつが逝ったのは、数年前のことだ。

突然の知らせだった。

共通の友人からの電話で——「逝ったよ」という一言を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

先月、電話で話したばかりだった。「今度飲もうな」と言い合ったばかりだった。

「今度」は、来なかった。

通夜の夜、棺の前に立って——何も言えなかった。

言いたいことは山ほどあった。学生時代の馬鹿話。一緒に乗り越えた修羅場。お互いの家族のこと。老後はどこかで一緒に釣りでもしようと笑い合った、あの約束——。

全部、言えなかった。

棺の中のあいつは、穏やかな顔をしていた。

「お前だけ先に行くなよ」

声に出さずに、そう思った。


天国への手紙を、書いた

届かないとわかっていても——書かずにいられなかった。

便箋を何枚も取り出して、一人ひとりに向かって、書き始めた。


お父さんへ。

突然いなくなってから、何十年も経った。 あれから私は後期高齢者になって、 娘に「とっくに後期高齢者でしょ!」と笑われるくらい 長生きしてしまった。

親父は何歳で逝ったんだったか—— 私はもう、その歳をとっくに超えてしまった。 息子が親の歳を追い越す日が来るとは、 あの頃は思っていなかった。

「ありがとう」を言えなかったまま、逝かせてしまった。 それだけが——今も、胸に残っている。

でも親父、一つだけ報告がある。

親父が大切にしていた懐中時計を、息子に渡した。 息子は「大切にする」と言った。 あの時計は今、三代目の手のひらで時間を刻んでいる。

親父から私へ。私から息子へ。 時間が、ちゃんと繋がっている。

ありがとう、お父さん。 遅くなって、ごめん。

息子より


お母さんへ。

最後に「遠いのに、ありがとうね」と言ってくれたね。 あの言葉が——今も耳に残っている。

もっと近くにいてやればよかった。 もっと顔を見せに行けばよかった。 それだけが、後悔だ。

でもお母さん、嬉しい報告がある。

この前、娘が旅行に連れて行ってくれた。 海の絶景を前に、私は泣いてしまった。 恥ずかしかったが——泣けてよかったと思っている。

お母さんが「子どもは宝だよ」と言っていた意味が 後期高齢者になって、ようやくわかった。

遅すぎる気づきだけれど—— 気づけてよかった。

天国は、痛くないか。 寒くないか。 お父さんと、仲良くやっているか。

お母さんの作ったあの味噌汁が—— 今も、一番好きだよ。

息子より


あいつへ。

お前だけ先に行きやがって。

通夜の夜、何も言えなかった。 言いたいことが多すぎて、言葉にならなかった。 だから今日、ここに書く。

お前と初めて会ったのは——あの講義室だったな。 一番後ろの席で、お互い内職をしていた。 「バレそうだな」と目配せしたのが、最初だったか。

それから何十年も、付き合ってきた。

お互いの結婚を祝って、子どもの誕生を喜んで、 仕事の愚痴を言い合って、老後の話をして—— 「釣りでもしようぜ」と言い合っていたのに。

あの約束、果たせなかった。

でもお前に言っておきたいことがある。

お前がいたから、私は何度も救われた。 どん底のとき、電話をかけるとお前はいつも出た。 何も言わずに話を聞いてくれた。 「まあ、なんとかなるよ」と言ってくれた。

その言葉に、何度助けられたか。

「ありがとう」を言えないまま、お前は逝ってしまった。 だから今日——ここに書く。

ありがとう。本当に、ありがとう。

来世でまた会ったら—— 今度こそ、一緒に釣りに行こうな。 その約束だけは、絶対に果たす。

お前の友より


書き終えて——便箋を重ねて、そっと机の引き出しにしまった。

届かない手紙だ。

でも——書くことで、伝わる何かがある気がした。

声に出せなかった言葉が、文字になることで——どこかへ旅立っていく気がした。


「先に逝った人」が教えてくれたこと

人は、誰かを失うたびに——何かを学ぶ。

父を失って——「親父、ありがとう」は生きているうちに言わなければならないと学んだ。

母を失って——「遠いから」は言い訳にならないと学んだ。

親友を失って——「今度」は来ないかもしれないと学んだ。

先に逝った人たちは——逝くことで、残された私に大切なことを教えてくれた。

それは——

「今日、言える言葉は今日言え」

「今日、会える人には今日会いに行け」

「今日、できる約束は今日果たせ」

ということだ。

「また今度」が来ない日が、必ず来る。

来ると知っているから——今日という日が、これほど尊い。


「もうすぐ会えなくなる人」は——今、そこにいる

同窓会の名簿を、もう一度開いた。

印のついていない名前を、一人ひとり眺めた。

まだ生きている友人たちの名前。

まだ会える人たちの名前。

「もうすぐ会えなくなる人」は、先に逝った人たちだけではない。

今、名簿に名前がある人たちも——いつかは、先へ行く。私も、先へ行く。

どちらが先かは、誰にもわからない。

ならば——今のうちに、会っておこう。

電話をしておこう。

「元気か」と声をかけておこう。

「あのときはありがとう」と伝えておこう。

「また今度」ではなく——「今日」にしよう。

名簿を閉じて、電話帳を開いた。

久しく連絡を取っていない友人の名前を探した。

見つかった。

電話をかけた。

呼び出し音が、三回鳴った。

四回目で——懐かしい声が出た。

「おう、久しぶりだな」

それだけで——胸がいっぱいになった。

まだ、声が聞ける。まだ、話せる。まだ、笑える。

それがどれほど尊いことか——先に逝った人たちが、教えてくれたから、わかった。

電話口で、昔話をした。

子どもの頃の話。仕事をしていた頃の話。老後の話。

最後に——こう言った。

「今度、会おうな」

一瞬——「今度」という言葉が、喉に引っかかった。

でも——続けた。

「今度じゃなくて——来月、どうだ」

友人が笑った。

「いいな。行こう行こう」

電話を切って——縁側に出た。

空が、夕暮れに染まっていた。

どこかに旅立った人たちが——空のどこかから、見ていてくれる気がした。

「よかったな」と、あいつの声がした気がした。

きっと気のせいだ。

でも——そういうことにしておこう。

そういうことにしておいた方が——今日という日が、もう少し温かくなるから。


次回・第5話「妻と歩んだ50年は、ドラマより泥くさく、映画より温かかった。金婚式を前に——『ありがとう』では足りない気持ちを、手紙に込めて。」につづく……✉️


📝 読者の皆さんへ

今、頭の中に——先に逝った人の顔が、浮かんでいませんか?

お父さんかもしれない。お母さんかもしれない。 昔の友人かもしれない。若くして別れた誰かかもしれない。

その人に——言えなかった言葉が、ありませんか?

届かなくていいんです。 誰にも見せなくていいんです。

ただ——便箋を一枚取り出して、 その人の名前を書いてみてください。

書き始めたら、きっと止まらなくなります。 そしてそれは——その人が、まだあなたの中に生きている証拠です。

天国には届かないかもしれない。 でも——書いた言葉は、あなたの心の中に届きます。

それだけで——十分です。

先に逝った大切な人たちへ。 ありがとう。そして——また、いつか。✉️🌸