第2話 あの日の風景が、まだ目に浮かぶ。懐かしい故郷の景色と、二度と戻れないあの夏を——77年後の自分が、少年へ宛てた手紙。

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故郷の景色は、なぜこんなにも鮮明なのか

不思議なことがある。

昨日の夕食に何を食べたか、すぐに思い出せないことがある。先週の出来事が、もう霞んでいることがある。

なのに——六十年以上前の故郷の景色は、驚くほど鮮明に目に浮かぶ。

あの川の、水面の光り方。

石を投げると、波紋が広がって——魚が跳ねた。

土手に寝転んで、雲を眺めていた午後。あの雲は、どこへ流れていったのだろう。

夏祭りの夜、浴衣を着た母の隣を歩いた記憶。綿菓子を買ってもらって、べたべたになった手を、母が笑いながら拭いてくれた。

あの温もりが、まだ手のひらに残っている気がする。

人間の記憶とは、不思議なものだ。

脳科学的には、感情と結びついた記憶は鮮明に残るという。それが本当なら——故郷の景色がこんなにも鮮明なのは、あの場所で感じた喜びや悲しみや、言葉にならない感情が——それだけ深かったということなのだろう。

故郷とは、人生で最初に「感じる」を覚えた場所なのだ。


あの夏の少年は、何を考えていたか

夢の中に出てきた少年の顔を、思い出そうとした。

自分の顔のはずなのに——うまく思い出せない。

でも——あの少年が何を考えていたかは、なんとなくわかる気がする。

あの頃の私は、世界がどこまでも広いと思っていた。

山の向こうに何があるか。川はどこまで流れていくのか。空の果てには何があるのか——好奇心だけが、天を衝くほどあった。

大人になったら何でもできると思っていた。どんな場所にも行けると思っていた。どんな夢も叶えられると思っていた。

あの頃の私には、不安という言葉の意味が、まだわからなかった。

明日が来ることを、疑ったことがなかった。

友達がいつまでもそこにいることを、当たり前だと思っていた。

母の声がいつでも聞けることを、空気のように思っていた。

それが——どれほど尊いことだったか。

あの少年には、まだわかっていなかった。


手紙を書いた

便箋を取り出して——あの夏の少年へ、手紙を書いた。


少年へ。

お前が川で魚を追いかけ回していた、あの夏から 六十数年が経った。

今の私は77歳だ。白髪で、膝が痛くて、 老眼鏡なしには手紙も書けなくなった。 お前が想像していた「大人」とは ずいぶん違うかもしれないが—— まあ、これが正直なところだ。

今朝、お前の夢を見た。 あの川の夢だ。 目が覚めても、水の音がまだ耳に残っていた。 それほど鮮明に、お前のことを覚えている。

いくつか、伝えておきたいことがある。

まず——お母さんの声を、もっとよく聞いておけ。 お前は今、母親の声を「また呼んでる」と思いながら 聞き流しているかもしれない。 でも——あの声が聞けなくなる日が、必ず来る。 その日が来たとき、お前は後悔する。 だから今のうちに——ちゃんと振り返って、 「なに?」と答えてやってくれ。 それだけでいい。

次に——あの川の景色を、目に焼き付けておけ。 お前は毎日見ているから、特別だと思っていないだろう。 でも——六十年後の私が、今も夢に見るほど あの景色は美しい。 当たり前の景色ほど、失ったとき気づく。 今日の夕暮れ、土手に寝転んで 空を一時間眺めてみてくれ。 その一時間が、六十年後のお前の宝になるから。

それから——友達を、大切にしろ。 一緒に川に飛び込んで、一緒に叱られた、あいつらのことだ。 「明日も遊べる」と思っているだろう。 でも——人生のある時点から、 「また今度」が来なくなることがある。 気がついたら、みんなそれぞれの場所へ行ってしまっていた—— そういうことが、大人になると起きる。 だから今日、精一杯遊んでおけ。 馬鹿なことをして、一緒に笑っておけ。 その笑い声が、六十年後も耳に残るから。

最後に——一番大切なことを言う。

お前は今、将来が怖いかもしれない。 大人になることが、どういうことか まだよくわからないかもしれない。 でも——大丈夫だ。

お前はちゃんと大人になる。 好きな人と出会って、家族を持って、 子どもに「後期高齢者でしょ!」と笑われるくらい 長く生きる。

泣くことも、転ぶことも、山ほどある。 でも——その全部が、お前の人生だ。 一つも、無駄じゃない。

あの川のほとりで走り回っていた少年が ちゃんと、77歳まで生きたということを—— 未来から、報告しておく。

川の水が、綺麗だったな。 本当に、綺麗だったな。

77歳の自分より


書き終えて、ペンを置いた。

目が、じんわりと熱くなっていた。

六十数年ぶりに、あの少年に会えた気がした。


故郷に帰れなくなった理由

実は——故郷には、もう何年も帰っていない。

両親が逝ってから、帰る理由がなくなった。幼馴染みたちも、それぞれの場所へ散らばった。実家は取り壊されて、今は別の家が建っているという。

物理的には、帰れる。でも——「あの故郷」にはもう、帰れない。

あの川は今も流れているだろう。でも、あの頃の水ではない。あの土手は今も続いているだろう。でも、あの頃の草ではない。

あの少年がいた故郷は——もはや、記憶の中にしか存在しない。

それは悲しいことだと思っていた。

でも——手紙を書き終えて、気が変わった。

記憶の中にあるということは、永遠にそこにあるということだ。

現実の故郷は変わっても、消えても——記憶の中の故郷だけは、誰にも変えられない。あの川の色も、あの夕暮れの匂いも、母の声も——77歳の私の胸の中で、今も鮮やかに生きている。

それは——六十数年かけて守ってきた、私だけの宝物だ。


懐かしさは、哀愁ではなく、感謝だ

「懐かしい」という感情は、どこか切ない。

二度と戻れないものへの、寂しさが混じっているから。

でも——77歳になって、少し違う見方ができるようになった。

「懐かしい」とは——あの時間が、それほど美しかったということの証明だ。

切なく感じるのは、それほど大切だったからだ。胸が痛くなるのは、それほど深く愛していたからだ。

故郷の景色を夢に見るのは——あの場所が、私の人生の土台を作ってくれたからだ。

あの川で魚を追いかけたから、今の私がいる。あの土手で空を眺めたから、今の私がいる。母の声に呼ばれながら走って帰ったから、今の私がいる。

懐かしさとは——過去への哀愁ではなく、過去への感謝なのだと思う。


二度と戻れない、だからこそ美しい

縁側に出て、庭を眺めた。

今日の朝の景色は——六十年後の自分が、夢に見るだろうか。

今朝のお茶の味を、六十年後も覚えているだろうか。

今日という日も——いつか「あの日」になる。

今この瞬間も、やがては「懐かしい記憶」になっていく。

ならば——今日という日を、もう少し丁寧に生きようと思った。

庭の木を、もう少しちゃんと見よう。お茶の温度を、もう少しゆっくり味わおう。妻の横顔を、もう少し長く眺めよう。

今日が、未来の宝物になるように。

あの少年が川の景色を無意識に目に焼き付けていたように——77歳の私も、今日の景色を、無意識に胸に刻んでいるのかもしれない。

それでいい。

そうやって人間は——一日一日を、宝物に変えていくのだから。


二度と戻れないから、美しい。

失ってから気づくから、尊い。

あの夏は終わったが——あの夏は、まだ私の中で生きている。

それだけで——長く生きてきた甲斐が、あるというものだ。


次回・第3話「若い頃の私へ——『仕事ばかりしていないで、もっと家族を見ていなさい』と、77歳の私は言いたい。後悔と感謝が交差する、父親としての告白。」につづく……🌊


📝 読者の皆さんへ

今、故郷の景色が目に浮かんだ方はいませんか?

あの川。あの山。あの路地。あの夕暮れ。 あの頃の自分を呼ぶ、誰かの声——。

目を閉じて、その景色の中に、しばらくいてみてください。 そして——あの頃の自分へ、一言だけ声をかけてあげてください。

「よく頑張ったな」でも。 「大丈夫だよ」でも。 「あの夏は、本当に美しかったな」でも。

その一言が——今日のあなたの心を、そっと温めてくれるはずです。

懐かしさは、哀愁ではありません。 生きてきた証の、輝きです。🌊🌸