第10話・最終話 娘よ、ありがとう。来年もまた、笑いながら旅に出よう。後期高齢者・父からの手紙。

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娘へ。照れくさくて言えなかったことを、ここに書く。

娘よ。

お前がもうすぐ50歳になるということは、私が父親になってもうすぐ50年になるということだ。

50年——長いようで、振り返ればあっという間だった。

産まれた日のことは、今でも覚えている。小さな小さな命が、この世界に生まれ出てきた瞬間、私は廊下でひとり、壁に手をついて泣いた。嬉しいのか怖いのか、自分でもわからなかった。ただ、何か途方もなく大切なものを、神様から預かってしまったような気がして——しばらく、立ち上がれなかった。

あれから50年。

その命が今、後期高齢者になった父親のために旅行計画書を作って、段差の少ない宿を探して、消化の良い食事を調べてくれている。

人生というのは、本当に不思議だ。


父親として、情けなかった記憶がある

正直に言おう。

私は、良い父親だったとは言い切れない。

仕事が忙しかった頃、運動会に行けなかった年があった。発表会の日、帰りが遅くなって、お前が寝た後に家に着いたことがあった。「お父さんと遊びたい」と言われた週末、疲れていて相手をしてやれなかった夜があった。

謝ることは今さらできないが——それでもお前が、こうして笑顔で会いに来てくれることが、何より嬉しく、何より申し訳なく、何より誇らしい。

親の資格があったのかどうか、今でもわからない。

でも——お前が娘でいてくれたことは、私の人生で一番の幸運だったと、今は迷わず言える。


この旅で、父さんが学んだこと

娘よ。

この旅で、お前は父さんにいくつかの大切なことを教えてくれた。

ひとつ目。人生に「初めて」は、何歳になっても残っている。

あの海を見るまで、80年以上生きてきて、あんなふうに泣けるとは思っていなかった。まだ見ぬ感動が、この世界のどこかに待っていた。それを教えてくれたのは、お前だ。

ふたつ目。親子の時間は、作らなければ生まれない。

城下町の石畳を、お前と二人で歩いた午後。あれはお母さんが気を利かせてくれたからだと、父さんは思っている。当たり前の日常の中では、二人きりで歩く時間など、なかなか生まれない。旅だから、ああいう午後が生まれた。来年も、また二人で歩きたい。

みっつ目。歳を取ることは、終わりではない。

「後期高齢者でしょ!」とお前に笑われたとき、少しだけ胸が痛かった。でも今はわかる。後期高齢者だからこそ、あの景色で泣けた。後期高齢者だからこそ、石畳の記憶が胸に沁みた。後期高齢者だからこそ、お前の言葉ひとつひとつが、あんなにも温かかった。

長く生きたからこそ、深く感じられるものがある。

それに気づかせてくれたのも、この旅だった。


お母さんのことも、書いておこう

娘よ。

お母さんに、感謝しなさい。

今回の旅、お母さんが一番気を遣っていたのを、父さんはちゃんと見ていた。足が痛くても「大丈夫」と言い続けて、父さんとお前の笑顔をそっと見守っていた。甘味処で「二人で行っておいで」と言ったのも、父さんには絶景を見せたいと以前から話していたのも——全部、お母さんが仕込んでいたことだと、後から聞いた。

50年以上連れ添ってきた。

今さらありがとうと言うのも照れくさいが、お母さんなしでは、この旅も、この人生も、何もなかった。

いい家族を持った。本当に、いい家族を持った。


来年の旅が、もう楽しみだ

娘よ。

「来年も行こうね」と言ってくれた言葉、父さんはちゃんと覚えている。

来年も、後期高齢者と呼んでいい。年寄り扱いしてくれていい。段差の少ない宿を選んでくれていい。消化の良い食事を調べてくれていい。

そのすべてが、愛情だとわかったから。

来年はどこへ行こうか。また計画書を作って、得意顔でやってきなさい。父さんは、お茶を用意して待っている。

そして来年も、一緒に笑おう。

旅先で、また少年に戻らせてくれ。また絶景の前で泣かせてくれ。また石畳を、お前の隣で歩かせてくれ。

まだまだ、一緒に行きたいところがある。

まだまだ、一緒に食べたいものがある。

まだまだ、お前と話したいことがある。

後期高齢者には、まだやることが山ほど残っている。


娘よ、ありがとう。

お前が生まれてきてくれた日から、父さんの人生は——本当の意味で始まったのだと思っている。

来年の春も、桜の下で笑おう。

お父さんより


🌸 〜完〜

「娘と行く、後期高齢者の旅日記シリーズ」全10話、お読みいただきありがとうございました。


📝 読者の皆さんへ

最終話まで読んでくださって、ありがとうございました。

親に会いたくなった方、子どもに電話しようと思った方、大切な人と旅に出たくなった方——この物語が、そんなきっかけになれたなら、これ以上嬉しいことはありません。

「いつか」は、来ないかもしれない。 だから——今年の春、大切な人を誘ってみてください。

きっとそこに、一生忘れられない午後が、待っています。🌸