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「まだ早い」は、永遠に続く魔法の言葉
人間というのは不思議なもので、「まだ早い」と思い始めると、何歳になっても「まだ早い」と言い続けられる。
60歳のとき——「まだ早い」 65歳のとき——「まだ早い」 70歳のとき——「まだまだ早い」 そして気づけば後期高齢者——「え、もうそんな歳?」
終活を先送りにしてきた人のほとんどが、このパターンだという。
かくいう私も、まったく同じだった。
エンディングノートは買った。本棚に入れた。背表紙を眺めて、「そのうち書こう」と思った。それが何年前のことか、もはや思い出せない。押し入れには、整理しなければと思いながら放置している荷物が山積みになっている。通帳が何冊あるか、保険の証書がどこにあるか、いざとなれば妻もわからないだろう。
「まだ早い」と思っている間に、やるべきことだけが静かに積み上がっていた。
旅から帰って、ふと思ったこと
娘が企画してくれた家族旅行から帰って三日後のことだ。
いつもの椅子に座って、窓の外を眺めていたとき、ふいにこんな考えが頭をよぎった。
「もし、あの旅の途中で倒れていたら——」
妻は何をどこに連絡すればいいか知っているだろうか。通帳はどこにあるか。保険はどうなっているか。お墓はどうするか。自分が望む最期の迎え方を、家族に話したことがあっただろうか。
答えは——ほとんど「ノー」だった。
旅先で初めて見た絶景の前で泣いた。娘と石畳を歩いて胸が熱くなった。旅館の廊下で、少年のような自分に気づいた。そんな豊かな時間を過ごしながら——その時間を支える「土台」を、私はまったく整えていなかった。
楽しく生きることと、きちんと終わる準備をすること。
この二つは、矛盾しない。むしろ——後者を整えてこそ、前者がもっと自由になれる。
その日、私は本棚からエンディングノートを取り出した。
終活とは何か。正直に言おう
「終活」という言葉には、どこか重苦しいイメージがある。
死を意識する、残りの時間を数える、暗くてしんどい作業——そんなふうに思っている人も多いだろう。かつての私もそうだった。だから「まだ早い」と先送りにし続けた。
でも、実際に向き合い始めてわかったことがある。
終活とは「死の準備」ではなく「今をより良く生きるための整理」だということだ。
部屋の荷物を整理すれば、毎日の生活が軽くなる。お金の整理をすれば、家族への心配が減る。感謝の言葉を伝えれば、大切な人との関係が深まる。自分の希望を伝えておけば、残された家族が途方に暮れずに済む。
これらはすべて——「死ぬための準備」ではなく「生きるための整理」だ。
終活を終えた人たちが口を揃えて言うらしい。「気持ちが軽くなった」と。「残りの人生が楽しみになった」と。
それはきっと、ずっと背中に背負っていた荷物を、ようやく下ろせたからだと思う。
後期高齢者の終活・まず何から始めるか
「よし、終活を始めよう」と思っても、何から手をつければいいかわからない——それが正直なところではないだろうか。
私が始めてみてわかった、無理なく始められる順番をお伝えしよう。
① まずエンディングノートを開く 買っているなら、今すぐ開こう。買っていないなら、100円ショップでも手に入る。最初の一ページ目だけでいい。名前と生年月日を書くだけでいい。それだけで「始まった」という気持ちになれる。
② 通帳と保険証書の場所を確認する 家族が「いざというとき」に最も困るのは、お金の問題だ。通帳がどこにあるか、保険が何に入っているか、それだけでも紙に書いてエンディングノートに挟んでおく。
③ 押し入れを一段だけ片付ける 生前整理は一度にやろうとすると挫折する。押し入れの一段だけ、引き出しの一つだけ——小さく始めることが、長く続けるコツだ。
④ 家族と「少し先の話」をしてみる 葬儀やお墓の話は、突然切り出すと家族を驚かせることもある。旅の話をしながら「そういえば、将来のこと少し考えてみてさ」と、柔らかく始めるのがいい。
⑤ 「ありがとう」を伝えたい人を思い浮かべる 終活の中で、一番大切で一番後回しにされがちなのが「感謝を伝えること」だ。誰かの顔が浮かんだら、それだけでもう終活は始まっている。
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「まだ早い」ではなく「ちょうどいい」
娘に「後期高齢者」と笑われた日から、私の終活は静かに始まった。
怖くはなかった。暗くもなかった。むしろ——不思議なほど、気持ちが前を向いた。
やるべきことが見えると、人間は落ち着く。霧の中を歩いていたのが、地図を手に入れた感じとでも言えばいいだろうか。
後期高齢者には、まだやることが山ほど残っている。
旅にも行きたい。娘とまた笑いたい。妻と縁側でお茶を飲みたい。孫の成長を見守りたい。
その「まだやりたいこと」を、思い切り楽しむために——終活は、あるのだと思う。
「まだ早い」ではなく「今がちょうどいい」——そう気づいたとき、人生の景色が少しだけ、明るくなった気がした。
次回・第2話「あっ、そういえばエンディングノート、買ったまま白紙だった!後期高齢者が本気で向き合った『書き方と続け方』。」につづく……📖
📝 読者の皆さんへ
「終活」という言葉に、ドキッとした方はいませんか? それはきっと——心のどこかで「そろそろ向き合わなければ」と思っているサインです。
難しく考えなくていい。完璧にやらなくていい。 エンディングノートを本棚から出す、それだけでいい。
今日が、あなたの終活の第一歩になりますように。🌸

