
こんにちは、自由 まなぶです。
わくわくブログに
お越しいただき
ありがとうございます。
今回の記事は、ベテラン女優として
また、バラエティー番組では
天然キャラクターでいつも
明るく笑顔で明るく豪快な笑い方は
さすが、歌舞伎役者の子供さんですね。
京都市左京区の歌舞伎俳優の
娘として生まれた中村玉緒さんです。
【追悼】お茶の間に笑顔をくれた、昭和の大スター・中村玉緒さんを偲んで
映画黄金期を彩った圧倒的な美しさと演技力、そして勝新太郎さんとの伝説の共演作。
日本映画史に輝く彼女の素晴らしい名作ドラマや映画の数々を、今こそもう一度振り返りませんか?
幼い頃の生い立ちがどんな所で
育ったのかが気になったので
記事にまとめてしていきます。
短時間(約3分)でお読みいただけます。
中村玉緒の生い立ち!
京都左京区は面積が大きく
比叡山を加えるほどの聖地が
多く点在している左京区です。
歌舞伎界の名門の家系、
歌舞伎俳優二代目中村鴈治郎さんの
娘として生まれました。
子供の頃から裕福な家庭で育っています。
幼い頃からピアノ、習字等を習って
いましたが長続きしませんでした。
京都は四季折々の風景を
楽しむことができる町です。
水も豊富で、地下水がこんこんと
湧き出で、豆腐作りに適した
場所でもあります。
中村玉緒さんは、ご両親と一緒に
近所、左京区の南禅寺門前に有る
「ゆどうふ」料理を食べていたのでしょう。

とうふはいたってシンプル、
そのはずです。国産は京都丹波の
大豆を使って豆腐の豊かな
柔らかな豆腐が大豆の味になります。
京都の名水と北海道産利尻昆布の
だしが大豆の良さを引き立ててくれます。
あわせて読みたい(追悼・中村玉緒さん):
誰からも愛されるチャーミングなお人柄と本物のお嬢様としての気品。そんな玉緒さんを育んだ故郷・京都が世界に誇る極上の伝統の味。ご自宅で彼女のルーツに想いを馳せながら、本格的な「京の逸品」をお取り寄せで贅沢に味わってみませんか?お取り寄せはこちら
今も変わらない「ゆどうふ」は
人気が有り、中村玉緒さんは実家へ
帰ってきたときは、必ず「ゆどうふ」を
食べていると思います。
とうふは、高齢者には噛まなくても
食べられますからね。
ダイエットしていた時期が有りました。
9Kg痩せたそうです。
高齢者になっても努力家なんですね。
中村玉緒のプロフィール

- 本名:奥村玉緒(おくむら たまお)(旧姓:林)
- 別名義:林 玉緒(旧芸名)
- 愛称:「玉緒さん」「お母さん」
- 生年月日:1939年7月12日
- 出生地:京都府京都市左京区
- 身長:156cm
- 体重:48kg(標準体重参考値)
- 血液型:O型
- 星座:蟹座
- 学歴:京都市立立誠小学校卒
私立京都女子中学校卒
私立京都女子高等学校卒 愛称:京女(お嬢様学校) - 趣味:【娯楽】パチンコ・スロット・韓国ドラマ鑑賞
- 職業:女優・タレント
- ジャンル:映画・テレビドラマ・舞台・バラエティ・CM
- 活動期間:1953年-
- 配偶者:勝新太郎(1962年-19997年、死別)
- 著名な家族:鴈龍(長男)
奥村真粧美(長女)
二代目中村鴈治郎(父)
四代目坂田藤十郎(兄)
若山富三郎(義兄)
扇千景(義姉)
四代目中村鴈治郎(甥)
三代目中村扇雀(甥) - 事務所:長良プロダクション
【追悼】生涯、エンターテインメントを愛し続けた中村玉緒さん
YouTubeやテレビ、ドラマ、映画の世界で多くの人々を魅了し、私生活でも映像作品を深く愛した玉緒さん。
彼女が映画黄金期から繋いできた日本のエンタメの熱量、そして国内外の話題作や人気ドラマをABEMAで体感してみませんか?
幼い頃から歌舞伎に立ち!

家族の中に2人の人間国宝がいる
と言う凄い家系のお嬢様です。
幼い頃から父親に連れられて
お父さんの舞台に立っていました。
小学校時代から女優志望で
勉強もスポーツもできる
文武両道型の生徒でした。
小学校では演劇部に在籍していました。
中学校は高校に併設している
系列校へ進学しました。
1953年の中学1年の時、
遊びに行っていた自宅近くの
旅館で萩山輝夫監督にスカウトされ
本名「林玉緒」で松竹作品「景子と雪江」で
初出演を果たしました。
この経験をあじわった中村玉緒さん
女優の道を熱望するようになった。
中学1年生の時に親戚の大映の重役(長谷川一夫)に
頼み込んで、大映と専属契約を結んでいます。
1954年に大映へ入社。初任給は2万円は
当時としては破格で、ハイヤーで
撮影所通い優遇されていた。
\ 激動の時代を前向きに生き抜いた姿に学ぶ /
破格のスター街道を歩みながらも、夫・勝新太郎さんの莫大な借金や様々な人生の波乱を笑顔で乗り越えた玉緒さん。
これからのセカンドライフを笑顔で安心して楽しむために、今できる大切な資産や将来の備えを専門家に相談してみませんか?

芸名を「中村玉緒」に改め
長谷川一夫さん主演の映画「銭形平次捕物帳・幽霊大名」で
本格的デビューを果たしました。
この時、中村玉緒さんは中学生で
学校に通いながら、主演(スター)の
娘役(助演)として時代劇に
数多く出演されるようになった。
初任給は2万円中学生では、当時としては
大金でした。
参考までに貨幣価値は
大卒の銀行員の初任給5,600円
30歳の会社員で1万円だったそうです。
考えられないほどの高額な
初任給だったんです。
実家の家族は芸能人!

京都の実家は関西歌舞伎の方々です。
実家のおじいさん初代中村鴈治郎。
父親は歌舞伎役者の中村鴈治郎(人間国宝)で
俳優でもあった。

お兄さんは歌舞伎役者の四代目坂田藤十郎(人間国宝)
甥(お兄さんの子供)には四代目中村鴈治郎・

甥には三代目中村扇雀がいます。

家族と!

- 父:勝新太郎(2018年12月亡くなています)
- 母:中村玉緒
- 長男:奥村雄大(鴈龍)2019年(享年55歳)亡くなっています。

- 長女:奥村真粧美

大切な家族との思い出を整理し、未来へつなぐ
夫・勝新太郎さんや最愛のご家族を多く見送ってこられた中村玉緒さん。彼女の激動の家族史に深く心を打たれる世代だからこそ。
これからの人生をより心軽やかに、前を向いて生きるための「生前整理や身の回りの片付け」を、信頼できるプロに相談してみませんか?
【訃報】中村玉緒の生い立ちと激動の人生を振り返る。京都・梨園のお嬢様から映画黄金期のトップ女優、バラエティの女王へ!まとめ

中村玉緒さんは、歌舞伎界の名門
成駒屋に女の子として生まれ
幼い頃からお父さんと一緒に
舞台に出演して将来は女優に
夢を追いかけていました。
ごく普通の女の子として
育っていたわけではなく
裕福な家庭で生まれ
何不自由なく育っていきました。
しかし、女優の夢を捨てきれず
親戚の叔父(長谷川和夫)さんに
頼んで専属契約を結んだのです。
しかし、コネで入った中村玉緒は
中学生で、学校と撮影所を
通う毎日でした。
スターの座を目指す彼女は
出演する時代劇は全て娘役(助演)として
数多く出演していました。
主役が回ってこない事を父親に話すと
「主役の役につけて」と頼まれたが
さすがに頼めないと父親は断ったそうです。
中村玉緒さんは昭和の顔で
時代劇に出演して、当時はかわいいと
話題になっていました。

目鼻立ちがハッキリしていたからです。
今では、当時の面影を和服にして
天然で面白いボケっぷりをして
バラエティー番組に引っ張りだこだったのです。
\ いつまでも玉緒さんのようなハツラツとした笑顔を /
年齢を重ねても変わらない唯一無二の明るい笑い声で、私たち日本中にたくさんの元気を分け与えてくれた中村玉緒さん。
彼女のように生涯現役で、毎日をはつらつと前向きに過ごすための「健康習慣」を、今からコツコツ始めてみませんか?
これからも国民に寄り添って
どんな姿を見せてくれるか
本当に楽しみです。
引き続き注目ですね。
今日もわくわくウキウキブログを
最後まで読んでいただき有難うございました。



