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ダンディ坂野の生い立ち!幼い頃は石川県加賀市の温泉町で育った!実家家族は!

こんにちは、自由 まなぶです。

わくわくブログに

お越しいただき

ありがとうございます。

今回の記事は、ひと際目立つ

黄色いスーツ姿を着こなしている

お笑い芸人のダンディ坂野さんです。

ゲッツ」と聞けば、誰でも一度は

名前が出てこなくても「ゲッツの人ね」で

通じるほどの知名度を持っている。

洋服からもインパクトがうかがえる。

黄色に金色、蝶ネクタイは赤色を

身に着けている。

そんなダンディ坂野さんの

生い立ちや育った場所が

どんな所だったかが

気になったので

記事にまとめていきます。

短時間(約3分)でお読みいただけます。

ダンディ坂野の生い立ち!

石川県加賀市は日本海側に面して

夏は穏やかな場所ですが

冬になると日本海が男の海に一変し

北陸でも雪の多い場所ですが加賀市は少ない。

その代わり、観光地として

山代温泉、九谷焼の生地として有名です。

石川県南西部にある町です。

そんな場所でダンディ坂野さんは

産声を上げたのです。

小学時代は学校の裏にある

錦城山公園の大聖寺お城後で泥んこになって

遊んでいたのです。

また、学校帰りには田原俊彦に憧れて

ランドセルを背中に背負って、

歌でモノマネをする少年だった。

また、加賀市は温泉地帯でも有名で

自宅の周りの銭湯(温泉)巡りを

友達と一緒に桶とタオルと小銭をもって入った。

加賀温泉駅の北側には加賀大観音様が

南を向いて建っています。

JR西日本の特急電車って大阪・名古屋方面に向かう

際、観音様を見ることができます。

幼い頃は石川県加賀市の温泉町で育った!

片山津温泉・山代温泉・山中温泉は観光地として

大勢の観光客の皆さんが訪れています。

また、機械産業も盛んな場所で

大手の機械メーカーもここから発展を遂げています。

そんな、北陸の町で、父親は自前の腕で

大工の仕事に携わっていました。

父親は手に職を持つことをダンディ坂野さんにも

伝えたかったのだと思います。

しかし、テレビ大好き少年はテレビでアイドル歌手(田原俊彦)に

憧れてジャニーズ事務所に誰に教わったか知りませんが

履歴書に自分のプロフィールを書いて送った。

小学校を卒業して、中学校は地元の公立中学校に

入学しました。

中学校に入学しましたが、特に部活動には

入部していないみたいです。

中学校での生活は帰宅部に属していて

自宅でテレビの歌番組を観ていたのでしょう。

小中学生時代は、テレビでは漫画が放映され

洋画が好きでハリウッド映画のマイケル.J.フォックス

俳優の中で好きだったみたいです。

バック・トゥ・ザ・フューチャーが代表的です。

漫画にもあこがれがあったのでしょう。

中学時代は少しづつ、芸能人になるつもりで

基盤を固めていたと思われます。

中学を無事卒業して、高校受験を控え

地元の県立実業高校を受験しました。

見事、石川県立大聖寺実業高等学校に合格しました。

実業高校には二つの科が有り、一つは電子機械科と

もう一つは情報ビジネスの2つの専門学科が

有りました。

多分、電子機械学科に在籍を置き

高校卒業後は地元の板尾鉄工所に就職しました。

約2年間勤務していました。

しかし、退職して、地元のレンタルビデオ店、

建設会社、ディスコで働いた。

お金を貯めるために職を転々と変えて、

志すアイドルになるために

上京資金を一旦は貯めましたが、この時の年齢が

26歳だったことでアイドルを諦めて

お笑い芸人を目指す事にしました。

上京して10年間はマクドナルドでアルバイトしながら

下積み生活を続けました。

26歳で上京し10年間のアルバイトで生活を送っていた。

36歳の時にあの「ゲッツ」で大ブレイクを果たしが

以降はテレビ出演が急激に減って行った。

典型的な「一発ギャグ・一発屋芸能人」とされていましたが、

深夜番組やローカル番組などで活躍するようになった

地元の石川県ではテレビCMにも出ている芸人ダンディ坂野さんは

消えそうで消えない芸人の一人です。

ダンディ坂野のプロフィール

実家の家族

  • 父親:一般の方で大工さんです。
  • 母親:一般の方です。
  • 長女:一歳年上のお姉さん。
  • 長男:本人

家族

ダンディ坂野の生い立ち!幼い頃は石川県加賀市の温泉町で育った!実家家族は!
まとめ

トレード・マークの黄色いスーツに赤色の蝶ネクタイを

して壇上に立っと、「ゲッツ」の言葉が

会場に響く、ダンディ坂野さんです。

名前が出てこなくても、黄色・赤色の目立つ

配色は、誰もが見つめる色でしょう。

黄色はお金色、赤は太陽に手を伸ばせば

生きている証拠の色です。

ダンディ坂野さんはその色にハマって

テレビで見せて受けを狙った。

※(C)サンミュージック
ダンディー坂野 死ぬまで

ハリウッドの紳士をイメージして芸名に

アメリカンジョークスタイルの個性的な

芸風でギャグ・・「ゲッツ!

ライブでネタが無いときに出て観客に受けた。

最初は「ゲット!」から発音を替えて「ゲッツ!

やり始めて流行するまで8年かかった。

まだまだ、黄色スーツで赤い蝶ネクタイ姿

これからも、体に十分気を付けて

健康でさらなるご活躍される

ことを期待し応援して行きます。

今日もわくわくウキウキブログを

最後まで読んでいただき有難うございました。

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