わくわくウキウキブログ

あべ静江の生い立ち!幼い頃から放送局の中で自らの意思!実家家族は!

こんにちは、自由 まなぶです。

わくわくブログに

お越しいただき

ありがとうございます。

今回の記事は、私が大学に

喫茶店の有線放送で流れていた曲が

あべ静江の歌「コーヒーショップで」でした。

当時のコーヒーの値段は80円でした。

あべ静江さんも高齢者で

脳梗塞で緊急搬送され

即入院されて元気に退院され

テレビに先日出演された

お顔を拝見しました。

ちなみに私も後期高齢者に

近づいています。

そんな、あべ静江さんの

生い立ちや育った場所が

どんな所だったかが

気になったので

記事にまとめていきます。

短時間(約3分)でお読みいただけます。

あべ静江の生い立ち!

三重県松阪市は三重県の中勢地域に

位置する市でも伊勢湾に面しています。

松阪市(まつざかし)ではなく

松阪市(まつさかし)で、

よく読み方を間違って読んで

しまうことがありました。

全国的にも名前が知られていますが

松阪牛の生産で知られています。

江戸時代は伊勢商人を輩出した

商業の町で全国から松阪を

通り抜けて伊勢神宮へ参拝者に商売した。

幼い頃から放送局の中で自らの意思!

昔から栄えていた松阪で

あべ静江さんは

父親はラジオ三重(現・東海ラジオ放送)の

専属ミュージシャンで、

母親はラジオ三重(現・東海ラジオ放送)の

専属歌手との間に生まれたのです。

音楽一家として生まれ、日々音楽との

繋がりがあべ静江には見えていたのでしょう。

ちなみに、ラジオ三重は名前を変更しています。

近畿東海放送→東海ラジオ放送津放送局と変わりました。

ラジオ三重は津市から電波を

発信していました。

当時は三重県の放送局から

愛知県・岐阜県のリスナーに向けて

放送を発信していました。

三重県のラジオ三重は、岐阜県のラジオ東海と

合弁して近畿・東海エリアの拡大を

視野に入れて1959年11月に

東海ラジオ放送となりました。

両親は松阪市から津市まで

約1時間かけて通っていた。

幼い頃は、津のラジオ局の中で

両親が局内で仕事をしている間

局内の総務部で、事務所の人と

遊んでいたのではないでしょうか?

昔のラジオ局は、放送開始をする

部屋の入口ドアは音が漏れないように

ドアを閉める時に真空状態の

感じがする部屋になります。

外の音を遮断してあります。

従って、スタジオと外の放送機器との

間には、二重になったガラス窓が

貼られて有ります。

両親2人は、放送機器のスイッチャーが

スタジオの中にいる人に机の上の

カフ(オンオフ・マイクスイッチ)を

手元で上下にして、しゃべります。

といった具合に、スタジオと主調整室から

成り立っています。

徐々に放送局内部の事を

覚えて、小学校1年生の頃から

正義感が強く自分の意思を

ハッキリし持つタイプで

子役や少女歌手として徐々に

芸能の道へと歩み始めたのです。

1年生の時に自身の演技を見て

「大人っぽく、子役は無理」と思い

子役を引退しました。

子役時代は学校を休ませなければ

ならなかったので休ませるため

一苦労したそうです。

その為に、未練は一切なかったそうです。

中学時代は「怖いもの知らず」で

当時の番長グループにも怖さを

感じなかったそうです。

それで、名古屋市内へ

自宅から近鉄の電車に乗って

名古屋の中心部にあるテレビ局まで

約2時間かけて通っていました。

子役として名古屋のテレビ局で

修行を重ね、中学3年生まで

続けました。

一旦は芸能界から退きました。

中学校を卒業して、高校は

インテリアデザインに憧れ

松阪の定時制高校へ入学して

祖父の勧めで専攻した学科が

生活パターンに合わず8ヶ月で辞めた。

私立の高田高校に編入学した。

高校に入ってから弁論部に

入部して活動に熱中した。

高校を卒業して東海学園大学短期大学部に

入学して在学中芸能界活動を始めて

東海ラジオの人気DJになり

学校は中退しています。

あべ静江のプロフィール

実家家族

  • 母方の先祖(6代前)津藩郷土の松本安親:浄瑠璃の師匠(上沼恵美子さんの歌の師匠)
  • 父親:阿部榮之助ラジオ三重の専属ミュージシャン(2011年9月に亡くなっています)
  • 母親:阿部(旧姓:松本)ひささんラジオ東海の専属歌手(2013年4月16日亡くなっています。
  • 長女:本人
  • 長男:阿部幸久 一般の方です。

あべ静江の生い立ち!幼い頃から放送局の中で自らの意思!実家家族は!
まとめ

三重県松阪市の音楽家庭に生まれ

裕福な家庭に育ったあべ静江さん。

幼い頃から正義感が強く

自分の志をハッキリと持った

タイプのあべ静江さんです。

自ら子役として演技を始め

小中高校と自分にとっての

環境づくりが、名古屋の

放送局からスタートして

リスナーに歌声を聴かせる

歌手になりました。

1973年に「コーヒーショップで」で

歌手デビュー、現在もラジオ番組、テレビで

歌っては、高齢者とは思えません。

今年、軽度の脳梗塞で入院され

リハビリをされて復帰しました。

私の知人も、昨年脳梗塞で

入院して一度は退院しましたが

再び軽度の脳梗塞を患い

現在治療中リハビリ中です。

高齢者になるとつい、

若いときの同じ感覚で

仕事をしていると身体の

一部が壊れてしまいます。

これからも、わたしを

楽しませて下さい。

復帰されてゆっくり身体を

労わってあげてください。

これからも健康でご活躍される

事を期待しています。

今日もわくわくウキウキブログを

最後まで読んでいただき有難うございました。

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