わくわくウキウキブログ

勝野洋の幼い頃の思い出の場所と中高生時代の青春の思い出は熊本!

 

こんにちは、自由 まなぶです。

わくわくブログに

お越しいただきありがとうございます。

今回の記事は先日のテレビで勝野洋

キャシー中島さんと一緒に朝の番組出演し

久しぶりに拝見して生い立ちが

気になったので記事にまとめていきます。

短時間(約3分)でお読みいただけます。

勝野洋の幼い頃の思い出の場

勝野洋さんは、熊本県北東部にある位置する

肥後小国町の杖立温泉で生まれたのです。

熊本県でも有数の森林が多く、この土地は

森林で多くの方が、木材を営林署管轄で

住民の方々や、地方から働きに来て

仕事を得ると、温泉地に足を運び

身体をいやしに、湯治場として利用し

一日の疲れを癒していたのでしょう。

そんな、所で勝野洋さんは生まれて

幼い頃は、温泉地ですから、温泉を

うまく利用していたのです。

杖立温泉の泉質は単純温泉塩化物線で

効能は、リウマチ、美肌に代表されます。

その他にも、身体の神経痛、筋肉痛、関節痛、

五十肩、運動麻痺、慢性皮膚病、慢性婦人病

沢山の効能が有り旅館のお風呂に入った

方々のお年寄りで、杖をついて旅館で

療養した人が、旅館を後にするときは

杖を持たずに帰って行く人が多く見られる

事から杖立という名前が付いたそうです。

勝野洋さんも幼い頃は、温泉に入って

体をきたえていたのでしょうかね。

ちなみに、小国町杖立は川沿いに温泉旅館が

立ち並び、黒川温泉も小国町の温泉として

有名な場所でもあります。

小国町は大分県との県境で観光地の多い

山間の町でもあります。

空気の澄んだ、森林浴を勝野洋さんは

小学生時代を過ごしました。

 

幼い頃に最初に覚えた唄が「炭坑節」。

「月が出たでた」の歌詞を酔っぱらった

宿泊客(大牟田の三池炭鉱の人達では?)が

炭鉱仕事を終えて、身体を休めに

温泉で良く歌っていたのでしょう。

小国町はいたるところに、温泉の脈が

点在しています。

勝野洋のプロフィール

実家の家族は調べましたが見つかりませんでした。
実家は旅館を営んでいます。

勝野洋の家族

 

小学校を卒業した勝野洋さんは中学校は

地元の中学校へは行かず、熊本市内の

中学校を受験して入学します。

地元の中学校へなぜ行かなかったのか?

 

それは、杖立から中学校までは通学できる

範囲では無かったために、距離的に9.4km

約10kmを毎日往復通うことができず、

中学校には男子寄宿舎「ほこすぎ寮」が有ります。

当時も今も中学校は町と言っても山間の

中に建っている為に、地元の小学生は

熊本市内の中高一貫校へ入学する

子供達の中に旅館や木材店やお店等商売にしている

家庭が、小国町の寄宿舎を利用するより

熊本市内で中高生として生活させたいと思って

小国を出ていく少女少年が当時からいたのです。

 

勝野洋さんは熊本市内の九州学院中等部は男性の

学校でした。当時の学生服は詰襟でボタンではなく

フック式の前開きで二本の青い線が目立つ制服でした。

高校生も同様の制服で通学している学生を

熊本市内で見かけると「あぁ!九学の学生さんだ」

すぐわかる制服でした。

2008年度から男女共学になった事で

制服もブレザー服に一新されたみたいです。

勝野洋さんは市内で下宿生活をしていたと有りますが

学校の目の前には、市電(健軍から熊本駅(二本木)・上熊本)行きが

走っていて、観光地になっている水前寺公園・熊本城

行くのには便利だったのではないでしょうか。

学校は市内に有りましたが、市内の通町筋までは20分程度

歩けば、繁華街に着きます。

繁華街の名前は下通り・上通と名付けられているアーケード街が

南北に走っていました。

熊本は市電とバスの往来が当時から盛んでした。

勝野洋さんも夏休み冬休みは実家へ帰る時は高速バスで

バスを利用して帰省していたと思います。

バスターミナルも当時は辛島町の中に

熊本の地方へ向かうバスの発着場でしたから

バス乗り場を利用していたと思います。

1969年に新たに熊本交通センターが今は、

当時の面影もなく、熊本バスセンターの名称が

熊本桜町バスターミナルに生まれ変わりました。

熊本の高校を卒業して、東京の青山学院大学へ

入学しました。

勝野洋さんにとっては下宿生活は慣れていたので

東京での学生生活も楽しいと

思っていたのではないでしょうか?

当時は大学生になったらまずは、アルバイトを見つけ

自分の衣食を考えて、授業ではなくバイトに

開ける毎日、大学在学中にモデル活動を始め

俳優の大橋一元さんの薦めで劇団・現代演劇協会に

入団したのが切っ掛けとなって役者の道へ進んだのです。

勝野洋の幼い頃の思い出の場所と中高生時代の青春の思い出は熊本!のまとめ

勝野洋さんは里帰りして、小国町が

幼い頃の思い出が、友人と語り合って

懐かしく感じたのではないでしょうか。

小国町は林業の町で、熊本の市町村の中でも

林業が盛んな町の中に、温泉の町でもあります。

子供の頃に歩いた道なりは、しっかりと

子供の頃に遊んだ、場所は記憶に残っているものです。

また、お孫さんが生まれたら

勝野洋さんの実家の旅館の産湯の温泉で

一家団欒で過ごして欲しいものです。

勝野洋さんはこれからも、キャシー中島さんと

連れ添って、なんてへたっびな演技を

孫に見せてあげたいですね。

今日もわくわくウキウキブログを

最後まで読んでいただき有難うございました。

モバイルバージョンを終了